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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第89話:語られた真実と、深まる疑惑

 数名の騎士たちに魔物や死体の処理を任せた後、馬を死に物狂いで走らせ、私とエルヴィスは皇宮の正面広場へと滑り込んだ。


「宮廷医師を集めろ!!今すぐだ!!」


 馬から飛び降り、マントで包んだロキシーを抱きかかえて叫ぶ私の声に、皇宮の使用人たちが一斉に血相を変えて走ってくる。


「陛下!?一体……っ、ロクサーナ様!?」


 出迎えた使用人たちの中にいた専属侍女のヴェラとニナが、私の腕の中で血に塗れてぐったりと動かない彼女の姿を目にし、顔を真っ青にして息をのんだ。


 あまりの惨状に言葉を失い戸惑っている二人に、すぐさま鋭い声を掛ける。


「急ぎ部屋の準備を!」

「っ、はい!すぐに!!」


 なだれ込むようにロキシーを寝室のベッドへ横たえると、駆けつけてきた筆頭宮廷医師たちが即座に診察に取りかかった。


 張りつめた静寂の中、脈を取り身体の状態を確認していた医師が、信じられないものを見るような目で顔を上げた。


「……信じられません。これほどの血を流しながら、致命傷となったであろう傷口が完全に塞がっております。一体どなたがこれほどの治癒を……」

「そんなことはどうでもいい!彼女は助かるのか!?」

「はっ……!奇跡的に一命は取り留めておられます。ですが、失血があまりにも酷く、極度の衰弱状態です。すぐに栄養剤の薬を投薬しますが……予断を許さない状況に変わりありません」


 医師は苦々しい表情で言葉を続けた。


「もしこのまま意識を取り戻さなければ、体力を消耗し続け、衰弱死する危険性も否めません……」


 その最悪の可能性に、胸を強く打たれたような衝撃が走る。だが、今の私には医師たちに任せることしかできることはなかった。


「……頼む。彼女を助けてくれ」

「最善を尽くします……!」


 医師たちに後を託し、着替えとともに血で汚れたロキシーの身体を綺麗にさせるためヴェラとニナを室内へ呼び入れた。


「ロクサーナ様……どうして、こんなことに……」

「ごめんなさい、私たちが……私たちが一緒にお側にいれば……っ!」


 一人で行かせてしまった自責の念に押し潰され、二人は涙をボロボロとこぼしながらも、手際よくロキシーの手足を温かいタオルで拭い始めてくれた。


 彼女のそばにずっとついていたいーーその感情が胸を締め付ける。


 だが、私には皇帝としての責務がある。

 一時閉鎖している破られた結界の完全修復、帝都の損害状況の確認、そして魔物の残党の討伐状況やその後の動きの確認。

 やらねばならない処理が山積みだった。


 それからの数時間は、まさに地獄のような忙しさだった。

 執務室で前線からの報告書を確認しながら指示を飛ばし、わずかな合間を見つけてはロキシーの寝室へと戻った。


 運ばれてきた食事に手をつける時間も惜しみ、ただ彼女の冷たい手を握り、無事を祈り続ける。


 夜が深まり始めた頃。前線の魔物を討伐し終えた騎士団長ガヴェインが、全身に返り血を浴びた姿で戻ってきた。


「陛下。前線の魔物はすべて掃討いたしました。修復いただいた結界も問題なく起動しているように見受けられます」

「よくやった。……着いて早々で悪いが、行くぞ」

「はっ。お供いたします」


 私はガヴェインを引き連れ、皇宮の最下層にある地下牢へと向かった。

 立ち込めるカビと鉄の匂い。最奥の牢獄の中、ドレスを泥と涙で汚した聖女ブランシュが、膝を抱えて震えていた。


 鉄格子が重い音を立てて開く。私とガヴェインの気配に気づいた聖女が、弾かれたように顔を上げた。


「へ、陛下……!私っ……!」

「喋る許可は出していない」


 氷のように冷たい一言で言葉を遮ると、私は眼下の聖女を見下ろした。


「なぜロキシーが皇宮の外へ出た?なぜお前と一緒に浅部にいた?隠さずすべて話せ。偽れば、お前のその口を二度と開かぬようにしてやる。オルティシアへもこの事態の責任を徹底的に追及する」


 逃げ場のない圧迫感と、私たちの凄まじい威圧感に、聖女はガタガタと震えながら、ついにすべてを吐き出し始めた。


「私は本当に何も知らなかったんです……!リ、リリス様が……!リリス・ローゼンベルク様の助言に従っただけなんです……!」

「何……?」

「結界を補完すれば、陛下が喜んでくださると……っ!リリス様がロクサーナ様を連れてくるから、私が結界を補完する姿を見てもらえれば、きっとロクサーナ様にも認めていただけると……リリス様にそう言われて……っ!私はただ……ただ陛下に愛されたかっただけなんです……あんなことになるなんて、思わなかったんです……ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」


 己の身勝手な欲求のためにロキシーを巻き込んだという、反吐が出る告白に激しい怒りがこみ上げてくる。


 リリス・ローゼンベルク。公爵家の令嬢であり、皇宮内でロキシーに接触し得る人間。


(あの女が、聖女を唆してロキシーを殺させようとしたのか……!?)


 怒りで視界が赤く染まりかけたが、ふと彼女の首元で揺れるペンダントが目に入り、私は眉をひそめた。


「……それはなんだ」

「ぐすっ……あ、これは……リリス様から、結界補完の儀を成功させるためのお守りだと手渡されたペンダントです……」


 言われてハッとする。そういえば、回収したロキシーの身につけていた品の中にも、見慣れないペンダントが混ざっていたはずだ。


「……っ!これは……魔物を引き寄せる仕掛けが施されている……!」


 二人が同じ場所に居合わせた理由、そしてロキシーの負傷の原因。魔物が集中的に襲いかかってきたカラクリが、一瞬で繋がった。


 きっと、ロキシーのペンダントには確実に聖女の元へ引き寄せるための仕掛けが施されているのだろう。


 そして、リリスの手先が城内に潜み、ロキシーをあの危険な場所へ誘導したことは疑いようもない。侍女や使用人達にも話を聞かなければならない。


「陛下、聖女はどうしますか」


 背後に控えていたガヴェインが、静かに重苦しい声で問いかけてくる。私は泣いている聖女を見下ろし、冷ややかに吐き捨てた。


「騙されていたようだが、犯した罪と関わった事実に変わりはない。このまま牢屋へぶち込んでおけ。バルトロメウスにも至急連絡し、関わった可能性のある侍女や使用人を全て洗い出して尋問しろ」

「はっ、直ちに」


 だが、一令嬢の浅知恵だけでここまで完璧な手筈を整えられるだろうか。

 確実に他の協力者がいると踏み、私は次なる手を思考し始めた。


「ガヴェイン」

「はっ」

「すぐさま側近へ知らせろ。ローゼンベルク公爵を、今すぐここへ呼び出せ」


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