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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第87話:拒絶する心と、返らぬ言葉

ノクス視点です。

「ぐっ……、ガぁッ!」


 絶叫とともに、大型の魔物が黒い刃によって一刀両断される。


 帝都東方、前線。

 破られた結界の亀裂からは次々と魔物が溢れ出し、騎士たちの怒号と鉄のぶつかり合う音が荒々しく飛び交っていた。


「左翼、陣形を崩すな! 結界の修復完了まで、一歩も退くことは許さん!」


 騎士団長であるガヴェインの怒号が響く中、私は冷静に剣を振るい、目の前の魔物たちを確実に倒していく。

 だがーー思考の半分は、まったく別の場所にあった。


(……静かすぎる)


 自身の指に嵌められた、皇宮内にいる彼女の存在と無事を報せるはずの黒の魔導リングが先ほどから、彼女が『皇宮の外へ出た』ことを静かに告げていた。


(……なぜ皇宮を出たのだ、ロキシー)


 胸を押し潰すような、説明のつかない嫌な予感。

 嫌な汗が背中を滑り落ち、不吉な胸騒ぎが刃を振るう手を焦らせる。


(無事でいてくれ……!)


 そう祈りながら、群がる魔物を次々と塵へと破砕していた時、エルヴィスが焦りの表情を浮かべながら駆け寄ってきた。


「兄上!!」

「どうした!」

「魔物の一部が結界の亀裂からではなく、森の反対側ーー浅部の方角へ向かって流れています!」

「何……?」


 眉間を深く寄せる。

 魔物は本来、より強い生命の気配(前線の騎士たち)へ集まるはずだ。それが意図的に戦場を回避し、別の場所へ誘導されているかのように動いている。


 森の反対側、前線から離れた東門近くの浅部。


(何かがおかしい……罠か……!?)


 皇宮から消えたロキシーの気配。不自然に集まる魔物の動き……。


 ーードクン、と心臓が跳ね上がった。


「ガヴェイン!」

「はっ!」

「私は森の反対側へ向かう!今から結界の亀裂を強引に一時閉鎖するからその間に残党を叩け!」

「陛下!?危険です!そんなことをすれば反動が……!」


 制止の声を無視し、私は結界を発動している魔導具へ一気に意識を注ぎ込んだ。

 過剰な負荷を受けた魔導具から狂ったような黒い魔力が噴き出し、亀裂を押し塞いでいく。


 魔導具の過剰駆動による強烈な反動で吐き気がこみ上げたが、今の私には一秒すら惜しかった。


「エルヴィス!精鋭数名を連れて来い!森の反対側へ向かう!!」

「はっ!」


 愛馬に飛び乗り、手綱を強引に引き絞る。

 馬の脇腹を強く蹴りつけ、私たちは森の深部を突っ切るように移動を開始した。


 疾走する視界の中、目的地へ近づくにつれ、肌を刺すような禍々しい魔物の気配と、濃厚な血の匂いが強くなっていく。


(頼む……勘違いであってくれ……!)


 脳裏に浮かぶ最悪の光景を、力任せに振り払う。

 手綱を握る手が、自分でも驚くほど震えていた。


 ーーダダダッ!


 開けた広場へと躍り出たと同時に、馬を急停止させた。

 

 強烈な鉄の匂いが鼻につき、真っ先に目に飛び込んできたのは、地面にへたり込み涙で顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫んでいる、ここにいるはずのない聖女の姿だった。


 周囲には、護衛たちの凄惨な死体と、無数の魔物の死骸。


「何をしている!?」


 考えるよりも先に怒号が口をついて出た。

 何が起こっているのかわからないまま、鋭い視線を聖女へと向ける。


 ーーだが。次の瞬間、言葉が喉の奥で氷ついた。


 聖女のすぐ目の前、黒ずんだ血の海の中央。

 ピクリとも動かず、真っ青な顔で倒れ伏している”誰か”の姿が視界に入った瞬間。


 ドクン……ッ。


 ーー世界からすべての音が消えた。


 思考が、感情が、心が……目の前の現実を理解することを激しく拒絶している。


(そんな、わけがない)


 なぜ、……彼女がここにいる?

 なぜ、…………彼女の衣服が赤く染まっている?

 なぜ、………………彼女は目を開けない?


 膝の力が抜けそうになるのを、必死で踏みとどまる。足が勝手に動いていた。


 血の海へ一歩、踏み出す。


「……ロキシー……?」


 返事は、なかった。


 ただ、お揃いの指輪だけが、二人の薬指で静かに光っていた。


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