第86話:身代わりと、過ちの代償
前半ロクサーナ視点、後半ブランシュ視点です。
「……っ!」
疾風のように割り込んだ私と同時に、鋭い肉裂き音が森の中に響き渡った。
ドゴォ!と重い衝撃が身体を突き抜け、骨が軋む音が鳴る。
聖女の頭上に振り下ろされようとしていた巨腕を、私は剣の腹で間一髪受け止めていた。
「っ……!?ロ、ロクサーナ様……!?」
「逃げなさい!!泣いている暇があるなら足を動かして!」
背後で腰を抜かす聖女を一瞥することもなく叫び、私は一気に剣を振り翳した。
跳ね返す勢いのまま魔物の太い腕を叩き斬り、隙を突いてその眉間へと深々と剣を突き立てた。
絶叫とともに崩れ落ちる巨躯。だが、息を吐く暇もなく草むらの奥から無数の眼光が浮かび上がる。
(なんなの……っ、この数は……!?)
1匹倒した途端、中型の魔物たちがまるで何かに強く惹きつけられるように、狂ったような咆哮をあげてなだれ込んできた。
(私一人でどこまでもつか……)
「ひっ……いやぁっ!助けて、助けてロクサーナ様ぁっ!!」
「早く下がって!」
足がすくんで動けない聖女を自分の背後に庇いながら、私は襲い来る魔物の群れへと突っ込んだ。
剣を振るう度に返り血を浴び、衣服が真っ赤に染まっていく。
一体、また一体。襲い来る牙を弾き、爪をかわし、ひたすら切り伏せていく。
(結界破損の中心ではないこの場所で、なぜこれほどの数が……っ!?)
違和感が頭によぎるものの、今の私に思考を巡らせる余裕は一切なく、ただ目の前の脅威から聖女を守り抜くことだけに集中する。
1匹ずつ確実に息の根を止め、最後の一匹の首を撥ね飛ばした時、周囲にようやく静寂が戻った。
「はぁっ……はぁっ……っ……!」
肩を激しく上下させ、血で濡れた剣を地に突いて身体を支える。全身の激痛と、疲弊しきった体力が悲鳴を上げていた。だが、なんとかすべて処理しきった。
そう安堵し、呼吸を整えふっと意識が戦闘から離れたその時だった。
ガサッ、と背後の草むらが大きく揺れる。
「ーーッ!?」
息絶え絶えの限界を迎えていた思考が一瞬生んだ隙ーー気づくのが、わずかに遅れた。
それまで息を潜めていた小型の魔物が聖女に狙いを定めて飛び出してきたのだ。
「っ聖女様……っ!」
思考よりも先に体が動いていた。
私は反射的に聖女の前に割り込み、その身体を強く突き飛ばした。
すれ違いざまに剣を振り抜き魔物の首を断ち切るのと同時に、死の間際に振り下ろされた魔物の鋭爪が脇腹から胸元にかけて深く引き裂いた。
ブツリ、と嫌な感触とともに大量の血が噴き出す。
「ぐっ……っ!!」
「ロクサーナ様!?」
そのまま崩れ落ちる私に、聖女の悲鳴が重なる。
地面に叩きつけられた瞬間、急速に体温が奪われていくのが分かった。視界が急速に狭まり、世界が暗くなっていく。
(あぁ……私、なんてヘマを……)
「ロクサーナ様!嘘……っ!!お願い、目を開けて!私、私っ……こんな、こんなつもりじゃ……っ!」
取り乱し、泣きながら震える手で私にすがりついてくる聖女の声が、遠く沈んでいくように霞んでいく。
「……に……げな……さい……」
「え……?」
「また……す……ぐに……魔物が……来るわ……早く、安全な、場所……へ……」
残された最後の力を振り絞り、それだけを告げると、私の視界は完全に途切れた。
(……ノクス様……ごめんなさい……。約束……守れ……なか……)
最後に脳裏に浮かんだのは、彼の悲しそうな顔だった。
ーーー
「だめっ!!……ロクサーナ様!ロクサーナ様ぁっ!!」
目の前でダラリと力なく倒れ伏したロクサーナ様の姿に、全身の血が一気に引いた。
広場に広がるのは、凄惨な血の海。
守ってくれた護衛たちの無残な遺体と、自分を庇って大量の血を流すロクサーナ。
(私が……私のせいで……!お願い目を開けて……っ!)
己の浅はかさと、しでかした愚かさの重大さがようやく私の胸を容赦なく抉る。
パニックになりながらも、震える手で神聖具を握りしめ、必死でロクサーナ様の傷口を治療する。
「治って!お願いだから治ってよ!!!」
光の魔石の魔力が注がれ、なんとか表面の傷口は塞がった。
だがーー失われすぎた大量の血と、身体の深部に残ったダメージは消えない。
かろうじて息はしているものの、ロクサーナ様の顔色は真っ青なままで、いくら呼びかけても、揺さぶっても、目を開けることはなかった。
「ごめんなさい……っごめんなさい!ロクサーナ様ぁ……っ!!」
己の犯した罪の恐ろしさに泣き叫ぶことしかできなくなっていた、その時。
ダダダッ、と地面を強く鳴らす激しい馬蹄の音が迫ってくる音が聞こえてきた。
振り返ると、そこには数名の騎士を引き連れ、肩を激しく上下させながら、なりふり構わず駆け込んできたノクス様の姿があった。
「何をしている!?」
怒号とともに、ノクスの視線が絶望の中茫然と泣き続けている私へと向けられる。
馬を降り状況の確認をしようと駆け寄りかけたノクス様の脚が、ぴたりと止まった。
彼や騎士達の視界に飛び込んできたのは、周囲に転がる凄惨な魔物の死骸や護衛達の死体、その中央に広がる重々しい血の海が飛び込んできた。
そして、その血溜まりの中にピクリとも動かず横たわる、皇宮にいるはずの、最愛の少女の姿を捉えた瞬間。
ーーノクス様の瞳から、一切の光が消え去った。
「……ロキシー……?」
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