↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/100

第85話:仕掛けられた罠と、招かれた絶望

前半ブランシュ視点、後半ロクサーナ視点です。

 帝都東方、深い森へと続く境界付近。

 普段ならば厳重な警備と強固な結界に守られているはずのその場所は、今は禍々しい魔力を孕んだ異様な静寂に包まれていた。


 はるか前方ーー東門を出た森のさらに奥からは、地鳴りのような咆哮や、騎士たちの怒号、剣の衝突音が、風に乗ってかすかに響いてきている。


「……ここでいいのよね?」


 自国から連れてきた数名の護衛を引き連れ、私は手に持った神聖具をキュッと握りしめた。

 リリス様に言われた通り、前線で戦うノクス様のお邪魔にならないよう、森に入ってすぐの、前線から少し離れたこの開けた場所で神聖具の準備を進めるつもりだ。


(ここで私が結界を補完できれば……前線の激しい戦いも落ち着いて、ノクス様もきっと私を受け入れてくださるわ。ロクサーナ様だって、私の力を見れば、共にノクス様を支える一人として認めてくれるはず……!)


 彼に愛されたい、私という存在を見てほしいーー。

 その一心で、私は冷たい風が吹き抜ける不気味な森の中で、ロクサーナ様の到着を待ち続けていた。


ーーー


「……ロクサーナ様!おやめください、陛下からは部屋から出ないよう厳命されております!」

「ヴェラ、どいてちょうだい!」


 同じ頃。私は制止しようとするヴェラとニナを押し切り、手早く旅用の乗馬服に着替えてヴァルハイト領から持参した剣を腰に差していた。


 先ほど、離宮で聖女様の身の回りの世話を担当していた侍女が青ざめた顔で駆け込んできたのだ。

 ーー『聖女様が混乱に乗じ、結界を補完しようと隙をついて東方の結界付近へ向かわれてしまいました!』と。


「ロクサーナ様、お部屋をお確かめしてきました!離宮にも聖女様の姿はなく、自国の護衛を引き連れてどこかへ向かったとの目撃証言もありました……!」


 息を弾ませて部屋へ飛び込んできたニナの報告に、私の眉間が険しく寄る。侍女の言い分は事実だったのだ。


(あのバカ聖女……!よりにもよってこんな大変な時に、なんて余計な真似を……!)


「ロクサーナ様、お一人で行かれるなんて危険すぎます!私たちもお供いたしますわ!」

「ダメよ!ふたりはここに残りなさい!」

「ですがーー!」

「騎士たちは全員、帝都の防衛と民の避難で手一杯なのよ。もし皇宮内に魔物が紛れ込んだ時、今ここを守れるのはあなたたちしかいないの」


 ノクス様は「皇宮から出るな」と私に言った。自分の身を守れとも。


 けれどーーもしあの聖女が最悪亡くなってしまえば、ノクス様は隣国からの外交的責任を背負わされるだけでなく、聖女という神聖な存在を失わせたことで、世界中からの非難は免れないだろう。


 ノクス様が命がけで帝都を守ろうとしているのに、私一人がのうのうと皇宮内で守られているだけなんて出来ない。


(前線で戦っているノクス様にこれ以上の負担をかけさせるわけにはいかないわ。何がなんでもあの聖女だけは無事に連れて帰らなくては……!)


「ふたりはここで皇宮の守りと警戒を徹底しなさい。必ず戻るわ!」

「待っ……!」


 私はヴェラたちの制止を振り切り部屋を飛び出すと、皇宮の回廊を全力で駆け抜け裏手の厩舎へと向かう。

 騒然とする使用人たちの間を押し通るようにして自分の愛馬の手綱を引くと、その背へ跳び乗った。


 そして馬の脇腹を強く蹴りつけ、聖女がいるであろう帝都東方へと馬を走らせる。


 帝都東方にある森に近づくにつれ、肌を刺すような魔物の気配が濃厚になっていく。


(……おかしいわ。激しい戦闘音がしているのは森の右側の方なのに……どうして前線から離れたこちらの森の中にまで、これほど強い魔物の気配が漂っているの……?)


 東門を抜けて馬を降り、前線とは反対側の森の中へ足を進めながら私は周囲の異常さに眉をひそめた。


 胸元で揺れているのは、先ほどの侍女から「万が一の時のために聖女様の居場所が分かるようにと陛下から渡されていた魔導具です」と渡された小さなペンダントだ。


 かすかに不快な波動を放っているのに嫌な予感がしつつも、今はこれだけが聖女を見つけるための手がかりだった。


 ザッ、と草むらをかき分けた瞬間ーー飛びかかってきた中型魔物を、私は一撃で真っ二つに斬り伏せる。


(っ……次から次へと……!キリがないわ!)


 向かってくる魔物たちを倒し、血を払いながらさらに進むとーー突如、耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。


「きゃあああああッ! 嫌、来ないで、来ないでっ……!!」

「……っ、聖女様!?」


 聞き覚えのある声の方向へ走りながら、私は草むらを飛び出した。

 そこで目にしたのは、あまりにも惨烈な光景だった。


 地面には、原形を留めないほど叩き潰された聖女の護衛たちが、血の海の中に転がっている。

 そしてその中央で、腰を抜かした聖女が、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら泣き叫んでいた。


 彼女の前に立っているのは、通常の数倍はあろうかという巨躯を持つ、凶悪な血の匂いを纏った大型魔物ーー。


「ひっ……!ノクス様ぁ……リリス様っ!!誰か、誰か助けてっ……!!」


 ーーたった数人で危険な戦場へ安易に足を踏み入れてしまった愚かさ。そして魔物の本当の恐ろしさも知らず『結界を補完すればすべて解決する』と思い込んでいた甘さ。


 その代償として目の前で叩き潰された護衛たちの凄惨な死体に、ブランシュはただ腰を抜かして震えることしかできなかった。


 その目の前で、鋭い爪を持った巨腕が次なる獲物を狙い、容赦なく彼女の頭上へと振り下ろされようとしていたーー。


少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価(★★★★★)で応援してもらえると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。