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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第84話:出撃準備と、胸騒ぎ

前半ロクサーナ視点、後半ブランシュ視点です。

 突然帝都を襲った不気味な振動と、結界の破綻。

 皇宮内が蜂の巣をつついたような大騒ぎになる中、私はノクス様の元に急いで向かっていた。


「ノクス様……っ!」


 漆黒の漆甲を纏い、出撃の準備を整えていたノクス様は私の姿を確認すると、大股で歩み寄ってくるなり私を抱きしめた。


「ロキシー……!無事だったか」

「はい、私は大丈夫です。ノクス様、一体何が……?」

「……帝都東方の結界が破られた。これから東門へ行き、結界から入ってくるであろう魔物の討伐へ向かう」


 ノクス様の言葉に、私は息を飲んだ。

 結界が破られたーーその事実もさることながら、私が何より胸騒ぎを覚えたのは、肌をピリピリと刺すような不気味な空気の重さだった。


(……この感じ、ヴァルハイトの戦場で経験したことのある嫌な空気と同じだわ……)


 辺境伯領で生まれ育った私の野性の勘が、警鐘を鳴らしている。

 これは単なる小規模な魔物の出現などではない。人を喰らうことに飢えた、強力な魔物の群れが間近まで迫っている時の『匂い』ーースタンピードの予兆と同じだ。


「ロキシー、よく聞け」


 ノクス様は私の両肩を掴み、漆黒の瞳でまっすぐに私を見つめた。その瞳には、皇帝としてではなく一人の男としての切実な想いが宿っている。


「私が戻るまで、絶対に皇宮からは出るな。魔物たちも、おそらくこの皇宮まではすぐには辿りつかないだろう。だが、何があろうと自分の身の安全を優先してくれ」

「……ノクス様」

「約束してくれ、ロキシー」

「……わかりましたわ。ノクス様も、どうかご無事で……」


 私が頷くと、ノクスは愛おしそうに私の額へ深く唇を寄せ、意を決したように背を向けた。

 漆黒の外套をなびかせ、急ぎ出撃していくその背中を、私はただ祈るような心地で見送ることしかできなかった。


ーーー


 ズズズ……部屋の外で不気味な振動が響き、私は思わず身を縮めた。


「……何が起きているのかしら。外がなんだか騒がしいわ……」


 滞在している離宮のお部屋の外からは、騎士たちの慌ただしい足音や声が聞こえてくる。私は何が起きているのか分からず、ただ不安で胸を痛めることしかできなかった。


「まあ、聖女様。そんなところで不安そうにされてどうなさいましたの?」


 そこへ、すっと影のように忍び寄ってきたのは、ラベンダーシルバーの髪を緩やかに巻いて腰までふわふわと垂らした、まるでお人形のような可憐な容姿を持つ公爵令嬢ーーリリス・ローゼンベルクだった。


「リリス様……!外の騒ぎは一体何なのですか?なんだか、不気味な地鳴りが……」

「お聞きになりませんでしたの?帝都の結界が弱まり、魔物の群れが帝都へ迫っているのですわ。……ですが、これは聖女様にとってはむしろ『好機』ではなくて?」

「えっ……好機、ですか……?」


 困惑する私に、リリス様は優しく手を取りいつものように甘い声で言葉を囁きかける。


「陛下は今、魔物を討伐するため騎士たちと共に危険な前線へ向かわれたようです。……ですが、もし聖女様が光の魔石を使って、東方にある闇の魔石でできた結界を補完し、結界の修復をお助けになったとしたら、どうでしょう?」

「私が……結界の補完を……?」

「ええ。そうすれば陛下もきっと、聖女様の素晴らしいお力と深い慈愛をお認めになって、心から感謝なさるはずですわ。……ね? ロクサーナ様だって聖女様に感謝して、陛下のお妃様として歓迎してくださいますわ」


 リリス様の言葉に、私の瞳がぽっと熱を帯びた。


(……ノクス様に、私を認めてもらえる……?私の力が、ノクス様のお役に立てたら……私のことも愛してくださるかもしれない……!)


 ロクサーナ様にも、ただ同じくノクス様を愛する一人として私を受け入れてほしい。


 ーーそんな思い詰めた恋心が、思考を覆い隠していく。


「ですが……私が向かっても、出撃された陛下や騎士の皆様のお邪魔になってしまいませんか……?」


 不安そうに尋ねる私に、リリス様は首を横に振り、優しく包み込むように微笑んだ。


「いいえ、お邪魔になるどころか、今こそ聖女様のお力が必要なんですの。陛下や騎士様方は、押し寄せる魔物の討伐で手一杯になってしまわれます。戦いながら結界の修復までこなすのは、いくら陛下でも多大なご負担がかかってしまうでしょう……」

「ノクス様に……ご負担が……」

「ええ。だからこそ、魔物を倒すのは陛下や騎士様に任せ、聖女様は結界の補完に尽力されるのです。光の魔石への適性が高い聖女様だからこそできる、最高のご助力になりますわ」


 リリス様のその言葉は、胸の奥にあった小さな迷いを吹き消してくれるようで、私は固く握りしめた拳にキュッと力を込めた。


「……私、やってみます!ノクス様や皆様のお役に立ちたいです!」

「ふふ、素晴らしいご決断ですわ。まずは聖女様が先に護衛と共に現地へ向かい、神聖具の準備を進めていただけますか?その間に、私がロクサーナ様をお呼びして現地へお連れいたしますわ」

「ロクサーナ様を、ですか……?」

「ええ。陰で勝手に解決しては角が立ちますでしょう? ロクサーナ様にも、聖女様が結界を補完される素晴らしい姿をその目で見ていただき、お互いに認め合っていただくのですわ!」

「まあ……!それなら安心ですね!」


 無邪気に咲きこぼれるような笑顔を見せるブランシュ。

 その背後で、リリスは歪んだ微笑みを深く浮かべていた。


(……単純な女。せいぜい前線へ向かって、あの女共々魔物の餌食になればいいわ。顔に消えない傷でも負えば、あの女も皇帝の婚約者失格ね)


 リリスの頭にあるのは『ロクサーナの立場を奪い、自分が受けた以上の屈辱を味わわせること』という浅はかな欲望だけ。

 それが、帝都を揺るがす最悪の惨劇を引き起こすことになるとも知らずにーー。


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