第80話:歓迎パーティーと、不協和音
ロクサーナ視点です。
ノクス様と聖女様が対話した日の夜、オルティシア国の聖女率いる使節団を歓迎するパーティーは、帝国の貴族たちが集まり、豪華絢爛な熱気で満ち溢れていた。
「ロキシー、今日のドレスも似合っている。あまりにも美しすぎて他の男どもに見せるのが惜しいな」
「ふふ、褒めすぎですわ、ノクス様」
満足そうに私の腰を抱き寄せ微笑んでいるノクス様の衣装は、いつもの深い漆黒に、私と同じ意匠の金糸の刺繍が施された特別仕立てだ。
一目で私たちが対であり婚約者であることを示す着こなしに、自然と口元が緩んでしまう。
だが、その華やかな雰囲気を一変させたのは、使節団として入場してきた聖女ブランシュ様だった。
「まあ……なんてお美しい……」
「まるで女神のようだ……」
純白のドレスに身を包んだ聖女様に、会場の貴族たちが一瞬で釘付けになる。その世離れした姿は、確かに息を呑むほどの美しさだった。
主賓としての挨拶が終わり、パーティーが始まると、瞬く間に彼女の周りには若い貴族男性たちの人垣ができた。
「聖女様、私と一曲願えませんか!」
「私と!ぜひ当家の領地をご案内させてほしい!」
「一目見た瞬間、その神聖なお姿に心を奪われてしまいました!」
次々と舞い込む情熱的なアプローチに、聖女様は困ったように微笑みながら、チラチラと……あからさまにこちらーーノクス様の方へと熱い視線を送っていた。
「お気持ちはとても嬉しいのですが……申し訳ありません。私には、すでに心をお捧げしたいと思っているお方がいるのです」
可憐に首を傾げ、熱っぽい瞳でノクス様を見つめる聖女様。
(……わぁ、わかりやすい……)
会場中が固唾をのんで見守る中、私とのファーストダンスを終えて玉座へと座っていたノクス様は、帝国の主としての義務を果たすため、静かに聖女様のもとへと歩みを進めた。
「聖女殿。使節団の歓迎と労いを込め、一曲願いたい」
「……!はい、喜んで!」
聖女様は嬉しくてたまらないというように頬を染め、ノクス様の手を強く握りしめた。
二人がフロアの中央へと進むと、周りの貴族たちからは大きな溜息と歓声が漏れ聞こえてくる。
『まあ……まるで美女と野獣ね。恐ろしい容姿の陛下と、可憐な聖女様……』
『野蛮な北の領地出身のロクサーナ様よりも、あのお美しく気品ある聖女様の方が、皇后に相応しいのでは……?』
『あのお美しい聖女様が、黒の陛下に恋をしておられるなんて……なんてロマンチックなの!』
(……美女と野獣、ねぇ。ノクス様のこの男らしくて素敵な格好良さが伝わらないなんて、世の中の『美しさ』の基準って本当に不思議だわ。でも、この格好良さを独り占めできるなら、周りに分からなくても別に構わないけれど!)
思わず口元が緩みそうになるのをグッと堪える。
ノクス様も周囲の心ない噂話などどこ吹く風で、完璧で洗練されたステップを踏みながら聖女様とのダンスを淡々とこなしている。その立ち姿はどこから見ても隙がなく、気品に満ちあふれていた。
やがて曲が終わると、ノクス様は淑女に対する最高位の礼を尽くして聖女様のエスコートを終え、静かな足取りで私の元へと戻ってこられた。
「待たせたな、ロキシー。……一人にしてすまなかった」
「いいえ、ノクス様。すっごく格好良くて素敵なダンスでしたわ!見惚れてしまって、待っている時間なんてあっという間でした」
心からの言葉でそう褒めちぎると、ノクス様はふっと表情を和らげ、嬉しそうな笑みを浮かべた。
そこへ、少し興奮した様子の聖女様が軽やかな足取りで近づいてくる。
「ノクス様!先ほどは夢のようなひとときをありがとうございました!客間ではあんな別れ方でしたから……あんなにも優しく、素敵にリードしていただけて私、とっても幸せでしたっ!」
無邪気に頬を染めて感動に浸る彼女の姿に、周囲の貴族たちまでどこかほほ笑ましそうな視線を送っている。
けれど、「ノクス様」という親しげな響きに、ノクス様が一瞬だけ不快そうに眉をひそめたのを私は見逃さなかった。
(……公の場で、許可されていない名前呼びにこの距離感は、婚約者として放っておくわけにはいかないわね)
「聖女様」
私はすっと一歩踏み出し、社交的な笑みを浮かべて割り込んだ。
聖女様への礼節を保ちつつ、帝国の皇帝の婚約者として、凛とした気品をもって見据える。
「素晴らしいお言葉をありがとうございます。ですが、皇帝陛下をお呼びになる際は、どうぞ公の場に相応しいお立場への敬称をお使いいただけますと幸いです。……陛下にはすでに私という婚約者がおりますので、他国の代表としてお越しいただいている以上、周囲に誤解を与えるようなお振る舞いは、聖女様のお立場を損ねてしまう可能性がありますわ」
丁寧かつ毅然と告げた私の言葉に、聖女様は少し驚いたように目を開き、やがて眉を下げて困ったように微笑んだ。
「ロクサーナ様……、申し訳ありません。ただ、陛下と仲良くなりたくて……不快にさせてしまったのならお許しください。次からは気をつけます……!」
恐縮したようにしおらしく頭を下げる彼女の姿に、周囲にいた若い令息や令嬢たちが、庇うような視線をこちらへ向け始める。
『なにもあんなに牽制しなくても……きっと聖女様の美しさに嫉妬していらっしゃるだわ』
『聖女様がお可哀想だわ。ロクサーナ様は、ご自身の立場に焦っておられるのかしら』
『北の辺境育ちの方だから、大らかな聖女様の親愛を正しく受け取れないのかもしれないわね』
ヒソヒソと聞こえてくる心ない囁き。
嫉妬?焦り?ーー本当に好き勝手言ってくれるわね!
(ノクス様がどれほど私だけを愛してくださっているか、この人たちは何にも分かっていないんだから!)
言いたいヤツには言わせておけばいい。
私は周りの冷ややかな視線や嫌味なヒソヒソ話を文字通り聞き流すと、背筋をピンと伸ばし、笑みを崩さずに聖女様をまっすぐに見据えた。
……ただ、私の苦言を『親切なアドバイス』として受け取ったらしい聖女様の純粋な瞳を見ていると、どうやら彼女がこれで諦めるつもりがないことだけは、ひしひしと伝わってくるのだった。
少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価(★★★★★)で応援してもらえると励みになります!




