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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第78話:身勝手な願いと、定められた運命

前半ブランシュ視点、後半ノクス視点です。

 誰かのためにこれほど念入りにおめかしをして、会いたくて胸を高鳴らせたことがこれまでの人生であっただろうか。


 姿見に映る自分を何度も確かめる。

 侍女には濃い色のドレスを勧められたけれど、持参したドレスは白や淡い色ばかりだったため、その中でもなるべくはっきりとした色合いのドレスを選んだ。


「まあ……なんてお綺麗なのでしょう、ブランシュ様!」

「ええ、息を呑むほどですわ。このお姿を見れば、皇帝陛下とて、お心を奪われずにはいられないはずです!」


 「ふふ、そうかしら?」と言いつつも、水色のドレスを着た鏡の中の私はいつもよりどこか大人びていて、自分でも満足のいく仕上がりだった。


(あの方の好みに少しは合わせられたかしら……気に入ってくださるといいな)


 浮き立つ気持ちのままに向かった面会用の客間。開かれた扉の先で部屋の中心でソファに座るノクス様を目にした瞬間、私の胸は甘い気持ちに満たされた。


「お時間を作っていただき、ありがとうございます、ノ、陛下……!」


 胸の前で手を組み、感極まった声をあげる私に、ノクス様は静かに視線を向けられた。その漆黒の美しい瞳に見つめられ、息が止まりそうになる。


「……使節団の代表として、滞在に不便はないか。手元に必要なものがあれば、侍女に申し付けるといい」


 低く響く、落ち着いたお声。

 お仕事でお疲れのはずなのに、私のことを気遣ってくださる優しさに胸が熱くなる。


 周りに控えるノクス様の側近や騎士たちの視線も気にならないほど、私の視線はノクス様へ一直線に向かっていた。


「お心遣い感謝いたします。……今日お会いしたかったのは、ルミエラの街でのお礼をお伝えしたかったからなのです。助けていただいて、本当にありがとうございました。あの日から、ずっと……ずっとお会いしたかったです」

「あれは通りすがりの出来事に過ぎない。気にする必要はない」

「私にとっては、忘れられない出来事でしたわ!」


 少し素っ気ないお返事だったけれど、ノクス様が私と二人(同席者はいるけれど)でお話しする時間を作ってくださったことが、ノクス様も私に会いたかった何よりの証拠だ。照れていらっしゃるのかもしれない。


「……それと、実はお礼の他にもう一つ、陛下にお願いしたいことがあるんです」

「……申してみよ」


 私は頬をほんのり赤らめ、上目遣いでノクス様を見つめた。


「あの日、陛下にお会いした時から……私、陛下のことが好きになってしまったんです。ですから……私を、陛下の側室にしてください!」


 私の言葉に、周囲の側近や騎士たちが息を呑む気配がした。けれど、私はとびっきりの笑顔で一気に思いを伝える。


「私には聖女としての力もありますし、帝国のお役にも立てますわ。それに、今日お話ししたロクサーナ様もとても優しいお方でした。私、正妃になりたいだなんて我が儘を言うつもりはありません。ロクサーナ様を立てて、二人で仲良く陛下を支えていきますから!」


 私とノクス様が出会ったのは、神様が与えてくださった運命なのだ。

 だからこそ、ノクス様がこの申し出を断るなんて、微塵も思っていなかった。


ーーー


 水色のドレスに身を包み笑顔で話す聖女に、控えている側近や騎士たちが心を奪われたように見惚れているのがわかったが、私の視線は冷め切っていた。


(ーー何を言っているんだ、この女は)


 目の前の聖女を見ながら、私は心の中で言葉を吐き捨てた。


 側室?ロクサーナと仲良く支える?

 あまりに不躾で愚かな申し出に、怒りを通り越して呆れすら感じる。


「私にとっての伴侶は、生涯ロクサーナただ一人だ。他国の人間を側室に迎えるつもりなど毛頭ない。……下らぬ話を聞くために時間を割いた覚えはない。話がそれだけなら失礼する」


 一刻も早くこの場を去り、先ほど様子がおかしかったロキシーのもとへ向かいたい。冷ややかにそう告げ、私が背を向けたその時だった。


「待ってください……!」


 すがるような声とともに、腕を掴まれた。


「初めてお会いした時、私を見て……何かを感じませんでしたか……!?」

「……!」


 その言葉に私は一瞬、言葉を詰まらせた。

 胸の奥で、ドクンと嫌な鼓動が跳ね上がる。

 ルミエラの街でこの女と接触した時と同じーー私の意思とは無関係に、脳を揺さぶる不可解な衝撃。


「私は聖女だから感じるんです!私たちはお互いにとって、この世界で決められた『運命の相手』なんだって!」

「……戯言を」

「ロクサーナ様を心から愛していらっしゃるのは分かっています!でも……私のこともちゃんと見てください、ノクス様……!」


 振り払おうとした。こんな女の手など、今すぐにでも引き剥がすべきなのにーー。


 じわじわと侵食してくる不気味な違和感が、まるで定められた筋書きに従わせようとするかのように、身体から自由を奪っていく。


 だが、抗えぬ何かに呑まれかける感覚を、ふつふつと湧き立つ怒りが塗りつぶす。


(――ふざけるな。世界の筋書きごときに、私の運命を決められてたまるか。私のすべては、最初からロキシーだけのものだ)


 勝手に名を呼ぶ無礼さを咎めることも忘れ、自身を縛り付けようとする見えない糸を断ち切るように強引にその手を振り払い、私は今度こそ客間を後にした。


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