第77話:すれ違う温度と、無垢な侵食
前半ロクサーナ視点、後半ブランシュ視点です。
「本当に、陛下は素晴らしい方ですわね!立ち振る舞いも凛としていらして、私、思わず見とれてしまいました」
離宮の談話室で、ブランシュ様はなおも嬉しそうに頬を染めながらノクス様のことを語り続けていた。
「ふふ、ノクス様もお聞きになったらお喜びになりますわ」
(婚約者である私の前でノクス様に惹かれているのを隠さないなんて。ピュアなのか、何か目的があるのか……)
私は微笑みながら相槌を打ち、内心の困惑を押し殺しながら、ふと思い至った疑問を口にしてみることにした。
「ですが、驚きましたわ。ノクス様は、纏う色から恐れや忌避の対象となることが多いですのに……聖女様は、怖くはないのですか?」
「怖いだなんて、まさか!」
ブランシュ様は可憐に目を丸くし、屈託のない笑顔を咲かせた。
「ちっとも怖くありませんわ。むしろ、あのお姿を見るだけで……胸が温かくなるくらいです」
迷いのない、まっすぐな言葉。
私の胸の奥で、形容し難い嫌なざわめきがどんどん広がっていく。
「私、ロクサーナ様とはとっても仲良くできそうです!これからも、よろしくお願いしますね」
両手をギュッと握られ、天使のような笑みを向けられる。
彼女の目的が読めないまま、私はただ愛想笑いを返すことしかできなかった。
談話室を出た足でそのまま執務室を訪れた私は、書類の山に向き合うノクス様へ、一応の報告としてブランシュ様からの申し出を伝えた。
「ーーというわけで、聖女様はルミエラでお世話になったお礼を直接したいと、面会を強く希望されているのですが、どうなさいますか?」
きっと断るだろう。そう高をくくっていた私の耳に届いたのは、思いもよらない言葉だった。
「……分かった。二人きりではなく侍女や護衛を同席させるという条件なら、時間を取ろう。今日の公務の合間、二時間後なら都合がつく」
「…………え?」
予想外の返答に、思わず間抜けな声が漏れた。
「……えっと、会われるんですの?」
「ああ。オルティシア国との関係もあるし、なにより案内を引き受けてくれたそなたの手前もある。無用に突っぱねるより、公式の挨拶としてさっさと終わらせる方が合理的だ」
確かに、皇帝としての判断としては何一つ間違っていない。
けれどーー私の胸の奥には、黒くドロリとした感情が込み上げてきた。
(伝えたのは私だし、ノクス様はブランシュ様の気持ちなんて知る由もない。ただの政治的な判断なのだから、当たり前の反応なのに……)
『私も同席します!』と勢いに任せて言いかけて、ぐっと奥歯を噛み締めて踏みとどまった。わざわざ付いて行くなんて、まるでノクス様の心がブランシュ様に傾くのを恐れているみたいじゃないか。……何より、二人が一緒にいる光景なんて見たくなかった。
「……では、ヴェラに聖女様への伝言を頼んでおきますわね」
何事もなかったかのように微笑んで背を向けようとすると、ノクス様が立ち上がり、私の側まで来て手を優しく掴んできた。
「ロキシー、もう行ってしまうのか?……そなたともう少し一緒にいたい」
縋るような、甘い眼差し。
普段なら喜んで抱きついていたはずのその温もりを、今の私は素直に受け止めることができなかった。
「……嬉しいですわ。でも、私にもまだ今夜の歓迎パーティーの準備が残っておりますの。……ごめんなさいノクス様」
そっと手首を抜き、さりげなくその手をかわす。
背後に残されたノクス様の困惑した気配を感じながら、私は逃げるように自分の部屋へと戻った。
ーーー
(ああ……久しぶりにお会いしたノクス様も素敵だったわ……!)
あてがわれた豪華なお部屋の姿見の前で、私は胸を躍らせていた。謁見の間で見たノクス様の凛々しいお姿が頭から離れない。
帝国へ来る直前、ノクス様にはロクサーナ様という婚約者がいらっしゃると知った時は、ショックで涙が止まらなかったし、皇宮の案内を断られてしまった時も、胸が張り裂けそうだった。
(でも……諦めないわ)
家庭教師も言っていた。『シルヴェスタ帝国のような大国の皇帝陛下ともなれば、正妃のほかに側室を娶られることも珍しくありません』と。
そう、私にはまだ道がある。
助けていただいた時のお礼を直接お伝えして、そしてーー私を側室にしてほしいと、お願いするの。
(私なら聖女としての力もあるし、帝国にとっても決して損な話ではないはず……!)
それに、今日お話ししてみたロクサーナ様は、とっても気さくで優しいお方だった。
正妃になりたいなんて我が儘を言うつもりはないし、ロクサーナ様を立て、二人で仲良くノクス様を支えていけば、きっと素晴らしい未来になるはずだ。
「ねえ、ノクス様はどのようなドレスがお好みかしら?」
私が部屋に待機している侍女に尋ねると、彼女は少し考えた後に恐る恐る答えてくれた。
「皇帝陛下は、鮮やかなお色味を好まれると聞いたことがあります。少し濃いめのお色をお召しになられてはいかがでしょうか?」
「濃いめの色ね!教えてくれてありがとう」
その時、ドアがノックされ、ロクサーナ様の専属侍女がやってきた。
「聖女様、陛下よりご伝言です。二時間後、侍女や護衛同席のもとでお時間を作っていただけることとなりました」
「本当……!? ありがとう!」
二時間後ーーノクス様とお話しできる!
私は歓喜に胸を躍らせながら、あの方の好みに合わせたとびきりのドレスを選び、少しでも美しいと思ってもらえるよう、支度を始めるのだった。
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