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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第75話:聖女の来訪と、波乱の気配

ノクス視点です。

 執務机の上に投げ出された、オルティシア国の親書。そこに押された大聖堂の蝋印を冷ややかな眼差しで見下ろしながら、私は深々と溜息を吐いた。


『両国の友好関係をより強固なものとするため、我が国の聖女による貴国の魔導技術ならびに文化の視察を要請したくーー』


 表面上は恭しく飾られた言葉の裏にある、オルティシア側の思惑など透けて見える。


『聖女』ーーそう聞き、私の脳裏に浮かんだのは先日のルミエラ滞在時に出くわした、あの白銀の髪の少女の顔だった。


(そういえば、あの時感じた鼓動の違和感……ルミエラの街の噴水広場でぶつかり、聖女を見た瞬間に私の意思とは無関係に湧き上がった衝撃は、一体何だったのだろうか)


 光の魔石への圧倒的な潜在能力を買われ、元平民からオルティシアで神聖視される存在へと上り詰めた聖女。


 厄介なことになりそうだという直感はあったが、友好国からの公式な打診であり、宗教的象徴である聖女の視察を無下に突っぱねるわけにもいかない。


 皇帝としての立場が、私に承諾以外の選択肢を許さなかった。


「承諾の親書を作成しろ。出迎えの準備、警備体制の強化、皇宮内の動線確保……抜かりなく進めよ」


 側近たちに矢継ぎ早に指示を出しながら、私は頭の片隅で別のことを考えていた。……また、ロキシーとの時間が削られる、と。


「そういうわけで、しばらく出迎えの準備で多忙になりそうだ。時間を作ってやれなくてすまない、ロキシー」


 その日の夜、ロキシーの部屋を訪れ事情を説明すると、愛しい婚約者は嫌な顔ひとつせず、どこか心配そうに私の手を包み込んでくれた。


「お仕事なのですから当然ですわ、ノクス様。ご無理はなさらないでくださいね。私も、聖女様をお迎えするにあたってのマナーや、滞在中の準備で至らない点がないよう頑張りますわ」


 もっと私を困らせるくらい甘えてくれればいいものを、彼女が物分り良く笑うほど、余計に離れ難くなるだけだった。


 それからの数日間は、文字通り多忙を極めた。

視察の手順、各大貴族への周知、そして何より『万が一』を起こさせないための完璧な警備陣形。


 早朝から深夜まで執務室に籠もりきりとなり、ロキシーとまともに顔を合わせることすら叶わない。

 ただでさえ過密な公務に加え、愛しい存在を抱きしめることもできない日々。


 私の苛立ちは日増しに募り、執務室の空気は側近たちが息を飲むほど冷え切っていた。


(……限界だ)


 ロキシー不足が、私の理性をじわじわと削り取っていく。あの温もりに触れたい、あの甘い声で名前を呼んでほしい。


 くだらない政治的駆け引きのために、なぜ私が彼女との時間を奪われなければいけないのか。沸々と湧き上がる感情を、私は力任せに書類に署名することで誤魔化し続けていた。


 そして迎えた、視察当日。

 聖女の一行を謁見の間で出迎える直前。私は式典用の礼装に身を包んだロキシーを、謁見の間に続く控室へと半ば強引に連れ込んだ。


「ノクス様……!? まもなく聖女様がーー」


 戸惑い気味に声を上げるロキシーの言葉を遮り、私は彼女の顎を指先で掬い上げると、その薄桃色の唇に思い切り唇を重ねた。


「ん……っ!?ふ……っ」


 数日間溜め込んでいた渇きを埋めるように、何度も深く、熱く角度を変えて唇を貪る。彼女が呼吸を乱し、私の胸元を小さな手でギュッと掴んできたところで、ようやく名残惜しく唇を離した。


「……私のロキシー。そなたに会えなくてどれほど狂いそうだったか……」

「私も、ノクス様が恋しかったですわ……」


 腕の中で甘えるように私を見上げるロキシー。その一言と表情だけで、胸の奥に溜まっていた苛立ちが簡単に溶けていく。


「……行こう、ロキシー。出迎えなどさっさと終わらせる」

「ふふ、そんな顔をなさっては駄目ですわ」


 ロキシーと視線を交わし、謁見の間の扉を開けさせた。重厚な扉が開かれると、私たちは玉座の前へと進む。


 そこに控えていたのは、オルティシア国の使節団、そしてーー純白の聖衣を纏った一人の少女だった。


 腰の下まで伸びたストレートの白銀の髪に、銀色の瞳。

彼女こそが、オルティシア国唯一の聖女ーーブランシュ・ヴァリエール。


「初めまして、帝国の偉大なる皇帝陛下。ならびに……ヴァルハイト辺境伯令嬢、ロクサーナ様」


 恭しく胸に手を当て、深く頭を下げるブランシュ。


「面を上げよ、聖女」


 私の声に応じ、聖女はゆっくりと顔を上げた。……私を真っ直ぐに見つめてくるその澄んだ瞳は、どこか妙に居心地が悪かった。


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