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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第72話:二人の誓いと、花の祝福

 楽しかった実家での滞在も、あっという間に最終日を迎えてしまった。

 寂しさを抱えながらも、私はこれからの予定に期待を膨らませていた。


「ーー待たせたな、ロキシー。今日の装いも、よく似合っている」


 エントランスに現れたノクス様は、私の姿を見るなり、愛おしむように目を細める。

 今日のお出かけ先は自然豊かな野原ということで、お互いに動きやすい服装を選んでいた。ノクス様はカッチリとした礼服ではなく、仕立ての良い上質なシャツに旅用のジャケット。私はお気に入りの、動きやすい木綿のワンピースだ。


「ありがとうございます。ノクス様も、今日もとても素敵ですわ」


 目的地である、薄紫色の花が一面に咲く野原は辺境伯邸から少し離れた場所にあるため、私たちは馬車に乗り込み、ガタゴトと心地よい揺れに身を任せて出発した。


 やがて馬車が止まり、扉が開いた瞬間、私の視界へ飛び込んできたのはーー息をのむほど美しい、淡い薄紫色の花々だった。


「やっぱり、いつ見ても素晴らしい景色ですわ……!ノクス様と、この景色を見たかったのです」


 ヴァルハイト領の心地よい風に乗って、可憐な花の甘い香りがふわりと鼻をくすぐる。

 私たちは野原の中央にぽつんと佇む大きな大樹の木陰へと歩みを進め、そこに大きなシートを広げた。


「お弁当を作っていただいたので、少し早いですが昼食にしましょう?」


 持参したランチボックスを開くと、中にはサンドイッチや色鮮やかな果物が詰まっている。


 大樹の優しい木漏れ日の下、二人で食べるお弁当は格別の美味しさだった。


「この薄紫色の花はこの地では『護りの花』と呼ばれているのですわ。厳しい冬を越えて一番最初に咲くだけでなく、雨や風に打たれても、決して折れずに美しい姿のまま咲き誇るからなんです」

「なるほど。この地にふさわしい花だな」

「ええ。……それにしても、この五日間は本当に夢のようでしたわ。星空を見たり、街でデートをしたり……」


 他愛もないおしゃべりをしながら、楽しかった思い出を一つずつ振り返っていく。ノクス様は私の話を、相槌を打ちながら静かに聞いてくれていた。


 やがて楽しいランチの時間は過ぎ、お弁当を片付けて、名残惜しくもそろそろ帰る支度を始めようとした、その時だった。


「ロキシー。帰る前に……そなたに、贈り物がある」


 そう言って、ノクス様がポケットから小さな小さな革製の箱を取り出した。私の前で、その箱が静かに開かれる。


 中に収められていたのは、細やかな細工が施された、お揃いの二つの指輪だった。


「……っ!……」

「そなたと、私の揃いの指輪だ。……二人の色をあしらった」


 光を浴びてきらめいたのは、黒と金。ノクス様の瞳の色である漆黒の宝石と、私の瞳の色である金色の宝石が、まるでお互いを抱きしめ合うように優しく絡み合ったデザインの指輪だった。


「私たちの結婚は決まっている。……だが、きちんと言葉にして伝えたかった。ーーロキシー、どうか、生涯私の傍にいてほしい。私を、そなたの夫にしてくれるか」


 ノクス様は真っ直ぐに私の目を見つめ、プロポーズをしてくれた。そのあまりの想いに、視界がみるみる涙でぼやけていく。


「結婚の際、そなたに贈る指輪は、皇家に代々受け継がれてきた伝統のものになる。だがそれとは別に、私とそなただけの特別な証が欲しかったのだ」


 ノクス様は私の表情をそっと確かめるように、私の薬指にキスを落とす。


「そなたのやりたいことリストに、私とお揃いのものが欲しいと書いてあったと侍女から聞いてな。……もし、デザインが気に入らなかったら直させよう」


 ただ一人の相手として私を望んでくれて、用意してくれたお揃いの指輪が、気に入らないわけがない。この世界では嫌悪される『黒』をあしらったその指輪が、私の目にはこの世界のどんな美しい宝石よりも輝いて見えた。


「う、き、気に入らないだなんて、そんなわけ……ありませんわ……っ!」


 胸の奥から、言葉にならない愛しさと嬉しさが一気に決壊して溢れ出し、私はノクス様の胸へと勢いよく飛び込んだ。


「ノクス様っ!喜んで、あなたの妻になります……!」


 ノクス様は私を受け止め、大きな手で優しく、そして絶対に離さないというように強く抱きすくめる。トクトクと刻まれるお互いの心臓の音が、何よりも愛おしい。


 彼は私の涙を優しく指先で拭うと、私の左手の薬指に、二人の色の指輪をそっと滑り込ませた。 ノクス様の指にも、同じ輝きが灯る。


「ロキシー、そなただけを愛している」

「私も、心から愛しております、ノクス様」


 風が吹き抜け、薄紫色の花々が二人を祝福するように一斉に揺れる。

 大樹の木陰、咲き誇る可憐な花たちに囲まれて、私たちはどちらからともなく唇を重ねた。


 お揃いの指輪が、私たちの指先で優しくきらめいている。


 ーーそれは、世界で一番甘くて温かい、二人だけの誓いだった。


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