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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第71話:変わらない笑顔と、未来への一歩

 お忍びのデートから一夜明けた翌朝。

 私は、昨日ノクス様から贈られた若葉色の髪飾りを付けて、今日のお茶会のために少しおめかしをして部屋を出た。


 今日はノクス様が午後から書類仕事と言っていたはず。屋敷のテラスで、二人でゆっくりとお茶を飲みながら、昨日の思い出話でもできたら――そんな風に思っていたのだけれど。


「……急ぎの要件、ですか?」


 食堂の前に佇むノクス様の側近から告げられた言葉に、私はパチパチと瞬きをした。


「はい。皇宮より緊急の早馬が到着いたしまして、陛下は急遽、書斎にて対応に追われております。本日の午後のお茶会は、どうしてもお時間を取ることが難しく……」

「まあ……。分かりましたわ。お気になさらないようノクス様にお伝えください」


 微笑んで見せたものの、やはり少しだけ寂しい気持ちが残る。

 けれど、あの方がどれほど重い責任を背負っているかはよく分かっているつもりだ。

 と、その時。執務室の扉が開きノクス様が足早に姿を現した。


「ロキシー」

「ノクス様!どうして……」

「そなたの気配がしたからな。……今日は時間が作れそうになくて、すまない」


 ノクス様は私の手元へ歩み寄ると、一緒に過ごせない時間を埋めるように私の手をぎゅっと握りしめた。


「その代わり、明日は何があっても必ず時間を空ける。そなたが前に言っていた、薄紫色の花が咲く野原へ一緒に行こう」

「……! はい、楽しみにしておりますわ!」


 その約束と、手のひらから伝わる彼の体温だけで寂しさは一瞬で吹き飛んでしまった。ノクス様は満足そうに一度頷くと、再び引き締まった表情で書斎へと戻っていった。


 さて、午後の予定がぽっかりと空いてしまった。

 私はふと思い立ち、遠征から戻っているはずの騎士団長へ挨拶をするため、ヴェラとニナを伴って再び訓練場へと向かった。

 

 広い敷地に足を踏み入れると、響き渡る怒号と魔導剣の音。その中心で若い騎士たちを叩き直している大柄な男性――ヴァルハイトが誇る騎士団長の姿があった。


「団長、お戻りになられて早々、相変わらず厳しいですね」


 汗を拭いながら歩み寄ってきたのは、鮮やかな赤髪を揺らしたレオンだった。彼の姿が目に入った瞬間、私の胸がほんの少しだけ緊張で強張る。


 ヴァルハイトに帰郷した初日――彼は私に、幼馴染としてではなく一人の男としての想いを真っ直ぐにぶつけてくれた。私はノクス様への愛を伝えて彼の気持ちを断り、レオンも笑顔で「幸せになれよ」と送り出してくれたけれど、あれ以来の再会となるのだ。


 きっぱり振ってしまった手前、変に気まずい空気になってしまっていたらどうしよう、という不安が頭をよぎる。


 けれど、私に気づいたレオンは藍色の瞳を細め、いつものように端正な顔をくしゃりと歪めて大きく手を振った。


「お、ロクサーナじゃないか!おめかしなんかして、今日はどうしたんだ?」


 その声も、意地悪そうな笑顔も、前と何一つ変わらない、いつものレオンだった。

 彼は失恋の痛みを微塵も感じさせない明るさで、私を気遣ってくれているのだと分かり、そんな彼の優しさに心の底から安堵が広がっていく。


「遠征から戻られた団長にご挨拶を、と思って」

「おお、これはロクサーナお嬢様!よくぞお戻りで!」


レオンの呼びかけに気づいた団長が大股で歩み寄ってきて、豪快に笑いながら温かい言葉をかけてくれた。


「ふふ、ありがとうございます。団長もお変わりなくて安心いたしましたわ」


 変わらない人々と、かけがえのない幼馴染の優しさに元気を分けてもらい、私は気持ちを新たに自分の部屋へと戻った。


 さて、ここからは……私は机に向かうと、持ってきていた荷物の中から数冊の分厚い書物を取り出した。


(こうしてノクス様が急なお仕事で忙しくなった時のために、用意しておいて正解でしたわ)


 それは、皇宮を発つ前に自分で手配しておいた、皇妃教育のための専門書や帝国の歴史本だった。

 せっかく実家でのんびりできる機会ではあるけれど、いずれノクス様の妻としてその隣に堂々と立つためには、一分一秒だって無駄にはしたくない。


 皇宮にいる間も、合間を縫ってバルトロメウスに教わったり、少しずつ勉強していたけれど、こうして実家の机に向かうと、皇宮とはまた違った新鮮さで背筋が自然と伸びるのを感じる。


「ロクサーナ様、お茶をお淹れしました。……本当に、お休みの日まで熱心で頭が下がります」


 ヴェラが感心したように焼き菓子を添えた紅茶を置いてくれる。私は「ありがとう」と微笑みながら、本を開いた。


 昨日のデートで、ノクス様は私のことを「強くて優しい人間だ」と言ってくれた。そして私は、彼の孤独だった世界を温かさで満たしていくと心に誓ったばかりだ。


(そのためにも、まずは立派な皇妃を目指さなくては!)


 彼のためなら、苦手な淑女教育や勉強だって頑張れる。ペンを握り、真剣な眼差しで文字を追っていく。


 窓の外から聞こえるヴァルハイト領の心地よい風の音を感じながら、私は充実した暇つぶし――もとい、未来のための努力の時間を楽しむのだった。


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