第68話:星空のまたたきと、願い事
ロクサーナ視点です。
ノクス様は私の隣で、深く澄んだ星空を見上げながら穏やかな表情を浮かべていた。
「ヴァルハイト領の星空は、私のお気に入りの景色なんです。あ、あそこに見えるのが……」
私は幼い頃に家庭教師から教わった星座の話を始めた。
五つの星が『W』の形に綺麗に並ぶ『カシオペア座』の伝説や、天の川を挟んで輝く『ベガとアルタイル』の話。とりとめもない私の話を、ノクス様は始終優しく微笑みながら聞いてくれた。
「そなたは物知りだな。次はどの星の話をしてくれる?」
「そう言われると、夜が明けるまでお話ししてしまいそうですわ」
「それも悪くないな。そなたの話なら、いくらでも聞いていられる」
そんな、甘やかすような言葉をごく自然に紡ぐノクス様に、嬉しくてそっと微笑み返した。
その時、輝く星々の隙間を縫うように、一筋の強い光が空を流れ落ちた。
「あ、流れ星……!」
私は咄嗟に両手を合わせ、心の中で素早く願いを唱える。
隣で見守っていたノクス様が、不思議そうに私を見つめていた。
「ロキシー、今のは……?」
「流れ星が消えるまでに、三回願い事を唱えると叶うと言われているのですわ。おまじないのようなものですが、聞いたことはございませんか?」
「いや、聞いたことはないが……。願い、か。そなたは、何を願ったのだ?」
顔を少しだけ近づけて、ノクス様が覗き込んでくる。星の輝きを吸い込んだその瞳に、私が映り込んでいるのが分かった。
「秘密、ですわ」
「秘密?」
「ええ。願い事は、口にしてしまうと叶わなくなってしまうと言われていますの。ですから、ノクス様には絶対に内緒です」
私が人差し指を唇に当てて悪戯っぽく微笑むと、ノクス様は「やられたな」とでも言うように、低く可笑しそうに笑った。その声音があまりにも優しくて、それだけで願い事が半分叶ってしまったかのような錯覚に陥る。
「……ノクス様は、もし流れ星に願うなら、何を願いますか?」
ふと思いついて問いかけてみると、ノクス様は目元を和らげ、私の髪へとそっと指先を滑らせた。
愛おしそうにその毛先を掬い上げると、そこへ、誓いを立てるように静かに唇を寄せる。
「私は何も願わない。……いや、願う必要がなくなった、と言うべきか」
「まあ、どうしてですの?」
「ーー私の願いなら、もう叶った」
そう言ってノクス様は、ただ真っ直ぐに私を見つめた。
その漆黒の瞳には、言葉にしなくても伝わるほどの深い愛が溢れていてーー私の心臓は、本当に壊れてしまいそうなほど甘い音を立てて脈打っていた。
(もう叶ったって、もしかして……?そんなの、ずるい……)
気の利いた言葉どころか、まともな返事さえ出てこず、ただ赤くなった顔で見つめ返すことしかできない私を見て、ノクス様はふっと目元を和らげる。
彼は私の緊張を解きほぐすように、そっとその温かい手で私の頭を優しく撫でてくれた。
「そろそろ夜も遅くなってきたな。夜風が冷たくなる前に、帰ろうか」
「……名残惜しいですわ」
「私もだ。だが、そなたに風邪を引かせるわけにはいかないからな」
そう言って、ノクス様は私の手をそっと包み込み、ゆっくりと立ち上がった。静かな夜の坂道を手を繋いで歩き、屋敷の中へ入る。
私の部屋の扉の前まで、ノクス様は送り届けてくれた。
「明日は、ヴァルハイト卿と共に領内の視察に出かける。朝から席を外すことになるが……寂しくさせてしまうな」
「お仕事ですもの、仕方ありませんわ。夕食はお父様たちを交えて、みんなで一緒に食べてくださいますか?」
「ああ、分かった」
「ありがとうございます!」
「では、また明日。良い夢を、ロキシー」
ノクス様は私の額にそっと口づけを落とし、控えていた護衛を連れて客室へと歩き出した。
「今日もノクス様、優しくて素敵でしたわ……明日は何をしようかしら」
自室のベッドに潜り込みながら、私は明日の計画を頭の中で膨らませる。
午前中に、料理長にお願いしてクッキーを焼こうかしら。それを持ってお母様に正式にヴェラとニナを紹介しよう。
ノクス様のお仕事が落ち着いたら、二人でヴァルハイト領の賑やかな街をデートもしてみたいわ。
明日からの予定を考えるだけで、胸が弾んで仕方がなかった。目を閉じながら、高台で見上げたあの星空と、流れ星に祈った願い事を思い出す。
ーーノクス様と、ずっとずっと、一緒にいられますように。
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