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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第67話:夜明けへ続く坂道と、星の奇跡

ノクス視点です。

「すまない、ロキシー。ヴァルハイト卿との話が少し長引きそうだ。先に高台へ向かっていてくれるか?すぐに追いかける」


 夕食の後、そう言って彼女を先に高台へと向かわせた後、急いで仕事を片付け、彼女が待つ高台への道を進んでいた時のことだった。


 少し先、坂道の途中に愛しい婚約者の姿を見つけーーその瞬間、あの赤髪の騎士が彼女の前に立ちはだかるのが見えた。


 ヴァルハイト騎士団のレオン。昼間、私に手合わせを挑んできたロキシーの幼馴染。

 声をかけようとした私の足を止めたのは、彼が放った、必死で、どこか悲しそうな声だった。


『好きだ、ロクサーナ。幼馴染としてじゃなく、一人の男として、ずっと前からお前が好きだった』


 ーー胸の奥に、じりじりと燻るような不快感が広がっていく。


 私は咄嗟に道脇の木陰に身を潜めた。

 昼間の手合わせで、ロキシーに手を出すなと分からせてやったはずだが、まさか、この期に及んで彼女に直接気持ちを伝えるとは思っていなかった。


 彼女の心が揺らぐとは思っていないが、それでも、たとえ一時の戸惑いであれ、彼女の意識が、感情が、私以外の男に奪われたという事実は、ひどく私を不快にさせた。


 だが、そんな私の心の中を払拭するように、ロキシーは一切の迷いを見せず、凛とした声で言葉を返した。


『……ごめんなさい、レオン。あなたの気持ちには応えられない。私はーーノクス様を、心から愛しているの。あの方以外の誰かと生きる未来は、考えられないわ』


 彼女が幼馴染の熱い告白に対しても、まっすぐに私を愛していると突き返してみせたことに、さっきまでの不快感が嘘のように心が甘く満たされる。


 彼女の姿が完全に見えなくなったのを見届け、私は木陰から静かに姿を現した。


「振られたと言う割には、随分と未練のなさそうな顔をしているな」


 ロキシーを渡す気など毛頭ないが、振られたというのに、清々しそうな表情をしているのが不思議だった。


「聞いていたんですか、悪趣味な陛下だ。……ですが、勘違いしないでくださいよ。俺はロクサーナの幸せを願って身を引いたんです。もしあなたが彼女を不幸にするようなことがあれば、俺はいつでも奪い取る覚悟があります」


 それは、皇帝である私に向けて放つにはあまりにも生意気な言葉だったが、私の中に怒りは湧かなかった。


 むしろ、潔く身を引き、彼女の幸せを願える男だからこそ、ロキシーもこの男を信じ、幼馴染として傍に置いていたのだろうと納得がいった。


 宣戦布告とも取れる強い光を宿した藍色の瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。それを静かに受け止め、私は決意を宿した声で応えた。


「そんな機会は、万に一つも訪れない」


 私は彼に背を向け、最愛の人が待つ高台へと歩き出した。


ーーー


「あ、ノクス様!早かったですわね……っきゃっ!」


 高台の、星空が一番近くに見えるベンチで私を待っていたロキシーに追いつくや否や、私は彼女を後ろから強く抱きしめていた。

 自分の腕の中に彼女が存在しているという確かな温もりに、私は静かに深い安堵を覚えていた。


「ノクス様……?どうされたのですか?」

「ほんの少しの間でも、そなたと離れるのが耐え難くてな。……嫌か?」

「もう、分かっていらっしゃるくせに。ふふ、甘えん坊なノクス様も素敵ですわ」


 ロキシーは私の腕の中でくるりと振り返ると、夜風に長い髪を揺らしながら、嬉しそうに目を細めた。


 彼女の隣に腰掛け上を見上げれば、そこには文字通り星が降るような圧倒的な星空が広がっている。ヴァルハイト領の澄んだ空気が、星々の輝きをより鮮明にしている気がした。


「見てください、ノクス様……!本当に、星が降ってきそうでしょう?」


 ロキシーは満天の星々を嬉しそうに指さした。彼女の金色の瞳が星の輝きを反射して、まるで星屑をそのまま溶かし込んだかのように、神秘的な光を湛えていた。


「ああ、綺麗だな」


 この澄んだ空気と星々の光、そして何より隣にいる彼女の体温によって、心が静かに凪いでいくのを感じていた。ただただ、穏やかな時間だけが満ちていく。


(……ロキシーと出会う前の私は、周りの視線が煩わしくて、逃げ出したくて……よく一人で静かな夜空を見上げていたな。夜は、私の色を隠してくれる。ロキシーと出会ったあの日も、皇宮の庭園で一人、冷たい夜空を見ていた時だった……)


「昔から、嫌なことがあるとよくここへ来て星空を眺めていたんです。この圧倒的な星空を見ていると、自分が悩んでいたことなんて、ちっぽけに思えてくるのですわ」


 懐かしむように目を細め、ロキシーはぽつりと呟いた。


(……そなたも同じだったのか)


 同じ夜、同じ月、同じ星空。

 黒髪黒目という忌むべき色のせいで常に奇異の視線に晒され、暗闇の中で息を潜めていた私と、この豊かな地に生まれ、あたたかな光の下、自由に駆け回り愛されて育ったロキシー。


 私たちは遥か遠く離れた場所で、同じように、同じ星空を見上げていたのだろうか。


 かつてあれほど冷たく見えた星空が、今はこんなにも美しく、優しく世界を照らしている。


(もっと早く、そなたに出会えていたなら……)


 私の知らなかった彼女の過去に想いを馳せ、愛おしさと、かすかなもどかしさが胸を締め付ける。

 

 けれど、こうして今、私たちは出会い、ここに並んでいる。


 奇跡のような彼女の存在に触れていると、ふと思う。

 孤独に押し潰されそうだったあの長い夜に、星に祈っていた願いを、この星空が、ロキシーという光を遣わすことで叶えてくれたのではないかとーーそんな柄にもない、おとぎ話のようなことさえ本気で信じてしまいそうになった。


・補足

ノクス : ラテン語で「夜」

ロクサーナ : ペルシャ語由来で「夜明け」「輝く光」

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