第64話:懐かしの訓練場と、幼馴染
お母様とお兄様との楽しいお茶会が一段落した後、二人はそれぞれ夕食の準備と執務室へ書類の片付けへと向かった。
ノクス様とお父様のお話はまだ続いているようで、私はヴェラとニナを伴って別室を後にする。
「少し、訓練場へ行ってみようと思うのだけれど、構わないかしら?」
「もちろんでございます、ロクサーナ様。どこへでもお供いたします」
護衛服に身を包んだヴェラとニナが、頼もしく頷く。
皇宮での侍女姿も素敵だけれど、無駄のない仕立ての護衛服を着た彼女たちは、やはりどこか鋭い気高さを放っていた。
動きやすい乗馬服に着替え、見慣れた廊下を進み訓練場へと近づくにつれ、小気味よい木剣の打突音と男たちの活気ある声が大きく響いてくる。
開け放たれた鉄門から中へ足を踏み入れた瞬間、何人かの騎士がこちらに気づき、動きを止めた。
「――ッ、ロクサーナ様!?」
「ロクサーナ様が来られたぞ!」
一瞬にして訓練場が沸き立ち、かつての仲間たちが次々と集まってくる。未来の皇妃への礼儀を崩さないよう、けれど親愛の情を込めて私を迎えてくれる彼らの笑顔に、胸が暖かくなる。
「みんな、久しぶりね。私のことは気にせず、訓練を続けてちょうだい」
そう言うと、人混みを割って一人の青年が歩み出てきた。
「相変わらず元気そうだな。でも、そんな風に言われても緊張して剣が鈍っちまうよ、ロクサーナ……様」
燃えるような赤髪を短く刈り込み、切れ長の藍色の瞳が印象的な、男らしい顔立ちの青年ーー私の幼馴染であり、ヴァルハイト騎士団でも上位の実力者であるレオンだ。
この世界において、濃い赤の髪や藍色の瞳も、白から遠く『美しくない色』として見下されがちだ。ノクス様の黒ほどではないにしろ、彼も幼い頃はその色をからかわれたり遠巻きにされていた。
けれど、私にとっては幼い頃から一緒に剣を振るい、競い合ってきた大切な戦友だった。
「久しぶりね、レオン。あなたは見ない間に、また背が伸びて逞しくなったかしら?ふふ、あなたに様付けされるなんて変な感じだわ」
「そっちこそ……いや、ロクサーナ様。婚約してから随分と淑女らしくなったんじゃないか?俺なんかじゃ気後れして、まともに目も合わせらんねえよ」
レオンはそう言って、切れ長の目を少し細めて楽しそうに笑う。口調はからかっているが、その瞳の奥には、どこか寂しそうな複雑な色が滲んでいた。
「……後ろの二人は皇宮の騎士か?かなり鍛えているようだが」
レオンの言葉に、周囲の騎士たちも興味津々といった様子でざわつき始める。
「せっかくだ、俺たちと手合わせして、皇宮の騎士の実力を見させてくれないか?」
「俺からもお願いするよ!こんな機会めったにないぜ!」
騎士たちらしい、血気盛んな申し出だった。
私は困ったように微笑み、背後の二人を振り返る。
「ヴェラ、ニナ。無理にとは言わないけれど……どう?」
「ロクサーナ様の仰せのままに。私たちは騎士ではございませんが、皆様、どうぞお手柔らかに」
ヴェラが静かに微笑み、ニナがニコニコと笑みを浮かべて訓練用の木剣を手にする。
ーー結果は、圧倒的だった。
開始の合図と同時にヴァルハイトの屈強な騎士二人が、ヴェラとニナに打ちかかる。しかし、護衛服の裾をわずかに翻した二人は、無駄のない最小限の動きでそれを次々と受け流し、一撃を打ち込むと、騎士を地面に転がした。
「ぐはっ!? 」
「う、嘘だろ……」
瞬く間に騎士が戦闘不能になり、訓練場に呆然とした沈黙が広がる。ヴァルハイトの騎士たちの実力も決して低いわけではないが、皇宮の、それも私を護衛するために配属された二人の実力はやはり桁違いだった。
「ははっ、すごいな!見惚れるような綺麗な動きだったぜ」
レオンが感心したように拍手をしながら一歩前に出る。そして、手にした木剣の先を、今度は私へと真っ直ぐに向けた。
「じゃあ、そっちは皇宮でどれくらい腕が鈍ったか確かめようぜ、ロクサーナ様?」
切れ長の目が、かつてのように悪戯っぽく輝く。
その挑発に、ヴァルハイト領で毎日のように剣を振るっていた頃の楽しさが、胸の奥に蘇ってくる。
「ふふ、いいわよレオン。後悔しても知らないから!」
私はヴェラから木剣を受け取り、レオンと対峙した。
「いくぞ、ロクサーナ!」
レオンが地を蹴り、鋭い踏み込みとともに木剣を振り下ろす。その重い一撃を、私は木剣を傾けて受け流し、即座にその懐へと踏み込んでお返しの突きを放った。
カン、カン、カァン! と、激しい木剣の重なり合う音が訓練場に鳴り響く。
お互いの手の内を、それこそ子供の頃から知り尽くしているのだ。どちらがどう動くか、次にどこを狙うかが手に取るように分かる。
鋭い太刀打ちが何度も交わされ、お互いの息が荒くなっていく。
(ああ、楽しい……!)
レオンの切れ長の目が熱を帯び、私の動きに完全に追随してくる。やがて、互いの木剣が激しく交差し、完全に力が拮抗した状態でピタリと止まった。
私の剣はレオンの首筋の寸前で止まり、レオンの剣もまた、私の脇腹を正確に捉えていた。
「そこまで!」
副団長の鋭い声が響き、私たちは同時にふっと身体の力を抜いた。
「……引き分け、ね。腕は鈍っていないみたいで安心したわ」
「勘弁してくれ、こっちは本気で勝ちにいったんだぜ?……相変わらず、手強いお嬢様だ」
レオンは木剣を肩に担ぎ、額の汗を拭いながら、どこか切ない笑みを私に向けたのだった。
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