第63話:家族の時間と、惚気話
ロクサーナ視点です。
応接間の扉が閉まった後、私とお母様、そしてお兄様は、私の大好きなハーブティーが用意された別室へと移動した。
お父様の趣味が反映されたシックな応接間とは違い、白を基調とした温かみのある別室に足を踏み入れた瞬間、懐かしさにホッと身体が軽くなった気がした。
「さあ、ロキシー、こちらへお座りなさい。長旅で疲れたでしょう?」
お母様が優しく微笑みながら、ソファーの隣の席をポンポンと叩く。私は子供の頃に戻ったような心地で、お母様の隣へ腰を下ろした。
「ありがとうございます、お母様。でも、馬車の中でもノクス様がずっと私の体調を気遣って何度も休憩を挟んでくださったので、全然疲れていませんわ」
そう言って笑うと、対面のソファーに座ったお兄様が、呆れたように小さく息を吐いた。
「おいおい、部屋に入った瞬間からそれか?さっきの応接間でも思ったが、ベタベタし過ぎじゃないか?あの陛下が、お前の手を片時も離そうとしないなんて、俺は我が目を疑ったぞ」
「べ、ベタベタなんてしていませんわ!ノクス様はただ、いつも通りエスコートしてくださっただけです」
「いや、どう見ても必要以上にくっついてただろ。陛下がお前に向ける視線なんて、まるで世界に二人しかいないみたいな熱量だったぞ。なあ、母上?」
お兄様から同意を求められたお母様は、上品に紅茶を口に運んだ後、くすくすと楽しそうに目を細めた。
「まあ、ガレスったら。でも本当ね。陛下はロキシーのことを本当に、心から愛していらっしゃるように見えたわ。二人の纏う空気がとても温かくて、私まで幸せな気持ちになってしまったもの」
「もう、お母様まで……!」
家族から挟み撃ちでからかわれ、頬が赤くなる。
恥ずかしくてハーブティーを一気に飲み干そうとすると、お兄様がニヤニヤと笑いかけてきた。
「で?実際のところどうなんだよ。皇宮での生活は。あの陛下と毎日一緒にいて、緊張で息が詰まったりしないのか?」
「全然!ノクス様はお仕事の時はすごく威厳があって、それも格好いいのですけれど、二人きりになるとたくさん甘やかしてくれるのですわ。会うといつも愛情表現をしてくれたり、私が少しでも寒そうにしていたら、すぐに自分の上着をかけて抱きしめてくれたり……」
「ちょっと待て、陛下といつもそんな甘ったるいことをしてるのか!?!?」
「ええ!それに、私が新しいドレスを着た時なんて、誰よりも早く『世界で一番美しい』って褒めてくださるのですわ。もう、毎日が心臓に悪いくらいで……。横顔なんて本当に、息を呑むほど絵になりますの。それに、私の方を見た瞬間に、あの綺麗な漆黒の瞳が溶けそうなくらい優しい瞳になるのも、もう……!」
一気に語ってから、自分が盛大に惚気をぶちまけてしまったことに気づき、私は慌てて両手で口を塞いだ。
お兄様は完全にドン引きしており、お母様は「あらあら」と嬉しそうに頬に手を当てている。
「……はあ。あのな、ロキシー。お前が幸せそうなのは何よりだが、聞いてるこっちの恥ずかしさが限界突破しそうだ……」
お兄様はそこまで言うと、少し真面目な顔になって私を見つめた。
「お前が、未来の皇妃になるんだもんなあ……。未だにちょっと信じられないというか、夢を見てる気分だ。幼い頃、泥だらけになって俺の木剣を奪い合っていたあのロキシーが……世の中何があるかわからないものだな」
「む……昔の話を引っ張り出さないでくださいな。私だって自分が一番びっくりしているんです。でもね、お兄様」
私は手元の温かいカップを見つめ、そっと微笑んだ。
「ノクス様は、私が完璧な淑女じゃなくても、ありのままの私を良いと言ってくださったの。だから、皇宮の堅苦しいルールに押し潰されそうになっても、ノクス様が隣にいてくれれば、私は私らしくいられると信じられるのですわ」
私の言葉に、部屋の中が優しい沈黙に包まれる。
お母様がそっと私の頭を撫でてくれた。その手の温もりは、幼い頃からずっと私を守ってくれた大好きな感触そのものだった。
「大丈夫よ、ロキシー。貴女のその真っ直ぐで強い心がある限り、どんな場所でも貴女は輝き続けられるわ。ハラルドと私の娘ですもの」
「はい、お母様」
「……まあ、何かあったらヴァルハイト家が全力でお前の味方になってやる。親父殿だって、めちゃくちゃお前を心配してるだろうよ」
お兄様が少し照れくさそうにそっぽを向く。
きっと今頃、下の応接間では、ノクス様とお父様が難しい顔をして北部国境の国政話を繰り広げているのだろう。
(二人とも、怖い顔をして睨み合っていなければいいけれど……)
大好きなお母様とお兄様からの確かな愛情に幸せを噛み締めながら、私はお母様が新しく注いでくれたお茶にそっと口を付けるのだった。
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