第57話:聖なる街と、妖精の噂
馬車が揺れる心地よい音と、隣に座るノクス様の心地よい体温。一週間分の寂しさを埋め合うように他愛のない会話を交わしているうちに、時間はあっという間に過ぎ去っていった。
二時間ほど経った頃、馬車の速度が落ち、窓の外から賑やかな歓声が聞こえ始める。
「ロキシー、到着したぞ。ここがルミエラだ」
ノクス様に促されて窓の外を覗いた瞬間、私はその美しさに思わず息を呑んだ。
――聖なる街、ルミエラ。
この街の名前は、古の大陸の言葉で『聖なる光』を意味するという。その名の通り、白磁の石造りの建物が太陽の光を浴びてキラキラと輝き、街の中心には透き通った美しい川が流れていた。
かつてこの地には光を司る美しい妖精たちが住んでいたという言い伝えがあり、今でも街の至る所に妖精を象ったレリーフや花々が飾られている、とても神秘的な街だった。
馬車が領主の館へ到着すると、ノクス様はすぐに現地の役人たちとの視察公務へと向かうことになった。
「あまり遠くへは行くな。護衛は付けるが、何かあればすぐに影を呼べ」
「ええ、分かっておりますわ。お仕事、頑張ってくださいませ」
「ああ。公務が終わり次第、すぐにそなたの元へ向かう」
ノクス様は名残惜しそうに私の髪を一房すくって口づけを残し、歩き出す。その姿を見送ったあと、私はすぐに気持ちを切り替えた。
「さあ、ヴェラ、ニナ! 私たちも街へ繰り出しましょう!」
「はい、ロクサーナ様」
「お供いたします!」
二人を連れて一歩街へ出ると、商人たちの威勢のいい声が響き渡り、王都とはまた違った活気に満ち溢れていた。
私は目を輝かせながら、ずらりと並ぶ可愛らしい雑貨屋を覗いて回った。妖精の羽をモチーフにしたガラス細工や、見たこともない色の刺繍のハンカチなど、見ているだけで胸が躍る。
「いらっしゃい! お嬢さん、観光かい? 綺麗なドレスがよく似合ってるねえ」
ふらりと立ち寄った、可愛らしいハーブの専門店。店主の親切そうな初老の女性が、ハーブティーを差し出しながら気さくに話しかけてくれた。
「ありがとうございます。ええ、今日こちらに着いたばかりなんですの。とても活気があって、素敵な街ですわね」
ハーブティーからは、ふんわりと柑橘のような良い香りが鼻腔をくすぐり、旅の疲れがすうっと癒えていく。
「気に入ってもらえて嬉しいよ。ルミエラは初めてかい? なら、絶対に見て回るべき場所がいくつかあるよ」
店主の女性は、楽しそうに指を折りながら教えてくれた。
「まずは、街の中心にある『妖精の噴水広場』だね。そこの噴水はこの街のシンボルで、美しい妖精の彫刻から水が湧き出ているんだ。ここで出会った二人は運命で結ばれるっていうジンクスがあるんだよ。恋人がいない人や、恋人同士の待ち合わせ場所の定番さ」
「まあ、素敵ね!」
「そうさ!それから、少し足を伸ばせるなら『時計塔』も外せないね。街の一番高い場所にあって、そこからの景色は絶景だよ。特に、夕暮れ時に街中の白い建物が黄金色に染まっていく瞬間は、最高に美しいんだ。……ああ、あとは甘いものが好きなら、広場にある『妖精の隠れ家』の焼き菓子だね。ここの妖精の羽を模したパイは絶品だよ!」
店主の話を聞きながら、私は胸の中で、行きたいところ&やりたいことリストを思い出し、新しい項目を追加した。
(妖精の噴水に、時計塔からの夕日、それに美味しいお菓子……!)
「たくさん教えてくださってありがとうございます。どれも本当に素敵ですわね。……そうだわ、このハーブティー、とても美味しかったのでいくつか頂戴できるかしら? 」
「はいよ、毎度あり!」
店主へお礼を言ってお店を出たあと、私は手に入れたばかりの観光情報にすっかり心を弾ませていた。
「楽しそうな場所がいっぱいでしたね! 私、お話を聞いているだけでワクワクしてしまいました!」
お店を出るなり目を輝かせるニナに、私は「本当ね、私も迷ってしまうわ!」と微笑みかける。すると、ヴェラも楽しげな私たちを見て、微笑んだ。
「ふふ、ロクサーナ様、どこから参りましょうか?」
「そうね、まずは……」
ノクス様が合流する夜までの自由時間。私たちは顔を見合わせ、楽しげに足音を響かせながら、聖なる街の散策へと一歩を踏み出した。




