第55話:旅の計画と、弾む心
ロクサーナ視点です。
病室を後にし、ノクス様に腰を抱かれたまま、私たちは皇宮の回廊を進んでいた。
周囲の侍女や護衛の騎士たちの視線が集まるのも構わず、彼の大きな手は私の腰を引き寄せたままだ。
「……ロキシー」
私室へと続く渡り廊下に差し掛かったところで、ノクス様は前を見据えたまま、少し拗ねたような声を落としてきた。
「なぜ、あの騎士の元へ向かった?そなたが直々に処置を施し、宮廷医師も手配した。それで義務は十分に果たしたはずだ。目覚めて早々、わざわざ足を運ぶ必要などなかっただろう」
私は歩みを止めず、彼の横顔を見上げる。
「だって、応急処置をしたきりでしたもの……。容態が急変していないか、少し心配だったのですわ」
私はバツが悪そうにそう返すと、ノクス様の眉が僅かに跳ねた。慌てて私は言葉を付け足す。
「あの青年が、ではなく……自分が応急手当てをしたその後の経過が、ですわ。私の施した手当てのせいで、もし容態が悪化していたらと思えば、寝覚めが悪いですもの。見届けるまでが私の責任ですわ」
「……そうか。ならいい」
私の言葉に嘘偽りがないと察したのだろう。ノクス様の声音が少しだけ和らぐ。
私室の前に辿り着き、ノクス様が自ら扉を開けて私を中へと促す。ヴェラとニナを下がらせ、二人きりになった室内で、彼は私の手を引いてソファへと腰掛けさせた。
「ロキシー、そなたに伝えておくべきことがある。――ヴァルハイト領への出発の日が、来週の初めに決まった」
「来週……! 本当ですか?」
思わず声を弾ませた私に、ノクス様はふっと優しく目を細めた。
「ああ。執務の方も重要なものは調整の目処がついた。今回はただの視察ではなく、そなたの故郷への挨拶も含めた旅になる。急ぎ足で行くつもりはない」
そう言って、ノクス様もどこか楽しそうにに口元を綻ばせて、私の顔を覗き込んだ。
「ヴァルハイト領までは、馬車で二日かけて向かう。途中、ルミエラの街に立ち寄る予定だ。私は最初の半日ほど現地の視察で席を外さねばならないが、その間は侍女たちを連れて自由に街を散策すると良い」
「ルミエラ……!とても綺麗な場所だと聞いたことがありますわ!そんな贅沢な旅程、よろしいのですか?」
「ああ。視察が終わり次第、私も合流する。夜は二人で夕食を取ろう。その後、ヴァルハイト領には約五日ほど滞在する。そなたの家族への挨拶を済ませたあとは、そなたの以前行きたいと言ってた場所を案内してくれるか?視察もあるため一日中とはいかないが、ある程度時間は取れるはずだ」
私の何気ない言葉をひとつも忘れることなく、すべてを叶えようとしてくれる。そんな彼の細やかな、私を楽しませるための配慮に、胸が温かくなっていく。
「ありがとうございます、ノクス様!とっても楽しみですわ!」
「私もだ、ロキシー」
ノクス様は私の手をとり、手の甲にそっと誓うような口づけを落とした。
「王都の喧騒から離れ、共にゆっくりと過ごそう」
その甘い眼差しに、私の心臓が高鳴る。
私の故郷へと向かう旅路。それはきっと、忘れられない思い出になるだろう。
次回は7/5 18時頃に投稿予定です。




