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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第50話:第一騎士団と、戦士の血

 ヴェラの手回しは、恐ろしいほどに迅速だった。

 第一騎士団の見学を希望した翌々日には、ノクス様から「くれぐれも無理はしないように」という、心配の手紙と共に許可証が届き、今日こうして私は皇宮の広大な訓練場へと足を運んでいた。


 雲一つない青空の下、動きやすい乗馬服に身を包んだ私と、後ろに控えるヴェラとニナを迎えたのは、二人の騎士だった。


「ようこそおいでくださいました、ロクサーナ様。第一騎士団長のガヴェインと申します。本日の案内を務めさせていただきます」


 そう言って、胸に拳を当てて見事な礼を執ったのは、傷だらけの顔に歴戦の風格を漂わせた大柄な男性――騎士団長のガヴェイン様だ。

 そしてその隣には、見覚えのある顔があった。


「お久しぶりです、義姉上。同じく本日の案内役を務めさせていただきます、エルヴィスです。またお会いできて光栄です」

「ガヴェイン様、お出迎えありがとうございます。エルヴィス殿下も、今日はよろしくお願いしますわ」


 団長様の案内で、さっそく見学が始まる。

 さすがは皇帝直轄の精鋭集団。整然と並んだ騎士たちが、張り詰めた空気の中で一糸乱れぬ訓練を行っている。その鋭い気迫と木刀のぶつかり合う音を耳にするだけで、私の体の中のヴァルハイトの血が、じりじりと熱く脈打ち始めた。


「素晴らしい規律ね。帝国の最高峰と言われる理由がよく分かるわ」

「お褒めに預かり光栄です」


 団長様が誇らしげに胸を張る。

 一通り案内が終わり、訓練場の隅に並べられた武器ラックの前を通った時、私は足を止めた。そこに置かれた訓練用の木刀へ手を伸ばし、その重みを確かめるように軽く持ち上げる。


「ねえ、ガヴェイン様、エルヴィス殿下。案内も一通りしていただいたことですし――私とどなたか、少し手合わせをしていただけないかしら?」

「……は?」

 

 団長様が、あからさまに呆気に取られた声を漏らした。エルヴィス殿下も、驚きを隠せていない。


「ロクサーナ様、お戯れを。いくら訓練用とはいえ、ここは男たちの荒々しい戦場。未来の皇妃殿下に万が一のことがあれば、我々の首が飛びます」

「そうですよ、義姉上。兄上に知られたら、どれほどお怒りになるか……」


 渋る二人に対し、私はふっと不敵な笑みを浮かべ、懐から一枚の許可証を取り出して見せた。


「大丈夫よ、ノクス様の許可はいただいているわ。『怪我をしない程度なら好きにしていい』って」

「陛下が……?」


 ノクス様直筆のサインが施された許可証を見て、二人は完全に言葉を失った。あの過保護な皇帝陛下がなぜ、と頭を悩ませる殿下を見て、私はクスリと笑う。


「さあ、誰が相手をしてくださいますの? 」

「……私が、お相手をさせていただきます。ただし義姉上、決して無理はなさらないでください」


 観念したように殿下が前に進み出た。

 団長様は「手加減しろよ」と目で合図を送り、周囲で訓練していた騎士たちも、物珍しそうにこちらの試合を遠巻きに見ている。

 中央の白線で、私と殿下が木刀を構えて対峙する。


(流石に自前の剣は持ってこれなかったけれど、久しぶりの感覚……やっぱり、これがないと始まらないわね)


 ストン、と頭の中心が冷えていく。ドレスを着てお茶会で微笑んでいた私ではなく、ヴァルハイトの戦場で培った戦士の感覚を呼び覚ます。

 殿下が木刀を軽く正眼に構えた。完全に、令嬢を驚かせないための優しい構えだ。


「では、始め!」


 団長様の試合開始の合図が、空気を震わせた。


 刹那――私は地面を強く蹴り、一瞬で距離を詰めた。

 貴族令嬢からはおよそ想像もつかない踏み込みの速さに、殿下の目がカッと見開かれる。


「――っ!?」


 ガギィィン!! と、訓練場に激しい打撃音が響き渡った。

 私の鋭い上段からの打ち込みを、殿下は辛うじて木刀で受け止めた。だが、辺境の過酷な環境で鍛え上げられた私の重圧に、彼の足元がわずかに沈んだ。


「手加減なんていらないですわ、殿下! 遠慮したら、あなたが怪我をすることになりますわよ!」

「……っ、承知いたしました、義姉上!」


 殿下の目が、騎士のそれに変わった。

 彼は私の木刀を弾き返すと、鋭い突きと払いの連撃を繰り出してきた。さすがは帝国の精鋭たる第一騎士団、無駄のない洗練された剣技だ。

 だが、私はそれを紙一重でかわしながら、木刀の腹で受け流していく。


 流れるような攻防が続く中、最初はざわついていた周囲の騎士たちが、完全に静まり返り、息を呑んで私たちの試合に釘付けになっていた。

 背後から、団長様の凄まじい視線を感じる。

 彼の瞳には驚愕と、そして武人としての深い関心と興味がパチパチと燃え盛っていた。


「そこまで!」

 

 団長様の地を這うような太い声が響き、互いの木刀が交差したところでピたりと動きが止まる。

 私たちは木刀を引き、互いに一礼した。二人とも呼吸を乱しながらも、充実感に満ちた笑みを浮かべていた。


「……参りました。素晴らしい剣技です。騎士団の中でも、これほど鋭い一撃を放てる者はそういません」

「ありがとうございました、エルヴィス殿下。良い運動になりましたわ」


 私が木刀をニナに手渡し、汗を拭おうとした時、団長様が重い足取りで私の前に歩み寄ってきた。そして、大きな体を深く折り曲げた。


「ロクサーナ様。……正直に申し上げて、私は貴女様を侮っておりました。辺境伯のご令嬢とはいえど、偶然陛下の目に留まった、運が良いだけのご令嬢だと。しかし、ヴァルハイトの戦士の気迫と強さを、しかと拝見いたしました。どうかお許しください」


 素直に己の非を認め、頭を下げる団長様。その正直で裏表のない態度に、私は胸の奥がくすぐったいような気持ちになりながら微笑んだ。


「お気になさらないで、ガヴェイン様。王都の方々がそう思うのは仕方のないことですもの。でも、ヴァルハイトの戦士の剣が帝国の精鋭たるあなたたちにも通用すると知れて嬉しかったわ」

「ははっ、通用するどころか、我々も兜を脱ぐ鋭さです。未来の皇妃様はなんとも頼もしいお方ですね」


 団長様が顔を上げ、清々しそうに笑った。

 これで身体が鈍っていないことも確かめられたし、視察へ向けた準備も万端ね――そう満足感に浸っていた、その時だった。


「――おい! 誰か、救護班を呼んでくれ!!」


 訓練場の奥、先ほどまで別の班が演習を行っていた場所から、突然、緊迫した怒号が響き渡った。

 見れば、一人の若い騎士が血を流して倒れており、その周囲を取り囲む騎士たちの間に、異様な動揺が広がっていくのが見えた。


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