第49話:旅の準備と、高鳴る鼓動
ロクサーナ視点です。
「ロクサーナ様、そちらのドレスはヴァルハイトへ持参するお荷物の方へ回してよろしいですか?」
「ええ、お願い。……あ、待ってニナ。そっちの動きにくいタイトなドレスはいらないわ。代わりに、少し裾が短めで仕立て直してもらった乗馬服を二着ほど多めに入れておいて」
「かしこまりました!」
ノクス様から「近いうちにヴァルハイトへ赴く」と告げられた翌日から、私の部屋はちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
王宮の侍女たちが「皇帝陛下の辺境視察」に向けて、粗相のないよう衣装や贈り物の準備に追われる中、私とニナ、そしてヴェラは、私の私物の選別を進めている。
久しぶりに大好きな領地へ帰れる。それも、愛しいノクス様と一緒に。
そう思うだけで、胸の奥がずっと弾むように高鳴り続けていた。
「ロクサーナ様、お気持ちは分かりますが、あまり乗馬服ばかり詰め込まないでくださいませ。あちらでは陛下と共に、領民や騎士たちの前へお立ちになる機会も多いのです。辺境伯令嬢としての、威厳あるドレス姿も必要不可欠でございますよ」
呆れたように、けれどどこか微笑ましそうにそう言ってクローゼットを整理するのはヴェラだ。王都の淑女としてのマナーを叩き込んでくれた彼女の言葉には、今や絶対の信頼を置いている。
「分かっているわ、ヴェラ。お父様やお母様の前で、あんまりはしゃぎすぎたら怒られてしまうものね」
「お厳しいお父様なのですか? 噂に聞くヴァルハイト辺境伯様は、百戦錬磨の猛将だと伺っていますけれど……」
ニナが少し身をすくめるようにして、興味津々に尋ねてくる。初めて行く未知の領地と、その主である私のお父様に、彼女なりに緊張と好奇心を抱いているのだろう。そんな姿が可愛らしくて、私は笑ってしまった。
「大丈夫よ、ニナ。確かに外見はちょっと怖いけれど、本当はとっても優しい人だから。……でも、私の体が鈍っているのを見たら、さすがに呆れられてしまうかもしれないわね」
私はふと、自分の部屋の隅に厳重に保管されている細長くて重厚な木箱に目を留めた。中に入っているのは、ヴァルハイトから持ってきた、私の愛用している一本の剣だ。
王都へ来てからというもの、淑女としての教育やお茶会、ドレスの仕立てに追われ、まともに武器を握る機会など一度もなかった。
「……ねえ、ヴェラ、ニナ」
「はい、何でしょう?」
「私、領地に帰る前に、少しだけでいいから久しぶりに剣を振りたいのだけれど……」
私の言葉に、ニナとヴェラが驚いたように顔を見合わせた。
けれど、流石は専属侍女だ。ヴェラはすぐにすっと姿勢を正して歩み寄ってきた。
「それでしたら、ロクサーナ様。皇宮の第一騎士団の訓練場へ、見学という形で足を運ばれてはいかがでしょうか?」
「騎士団の見学?」
ヴェラからの提案に、私は首を傾げた。
「はい。陛下が直轄される第一騎士団は、帝国でも最高峰の精鋭が集う場所です。定期的に見学という形で訓練所を開放しておりますし、未来の皇妃たるロクサーナ様が赴かれても不自然ではございません」
ヴェラはふっと、頼もしい笑みを唇に浮かべた。
「ヴェラ……! あなたって本当に最高ね!見学という名目なら、堂々と身体を動かせるわ。私の剣技が王都でどこまで通用するかも試したいし、とっても良い案ね」
私は嬉しくなって、すぐに木箱の元へと駆け寄った。鍵を開け、蓋を持ち上げると、そこには手入れの行き届いた美しい銀の剣が横たわっている。
柄を握り、ゆっくりと引き抜く。ずしりとした心地よい重みが掌に伝わり、私の体の中で、ヴァルハイトの血が熱く沸き立つのが分かった。
「ニナ、一番動きやすい乗馬服を用意して。ヴェラ、騎士団への見学の手配をお願い!」
「はい、ロクサーナ様!」
「かしこまりました、ロクサーナ様」
二人の心強い侍女たちの声を背に受けながら、私は剣を鋭く一閃させた。
王都の精鋭たちがどれほどのものか、そして今の自分がどこまで動けるのか。領地への旅立ちを前に、新たな胸の高鳴りが私を突き動かそうとしていた。




