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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第48話:故郷の星空と、旅の約束

ノクス視点です。

 今日の分の執務を片付け、足早にロキシーの部屋へと向かった。

 扉を開ければ、そこには昼間の美しいドレスから、少し柔らかな手触りの室内着に着替えた最愛の婚約者が、私の到着を待ちわびていた。


「ノクス様! お仕事お疲れ様ですわ」


 花が咲くような笑顔で迎えられ、胸の奥がじんわりと暖かくなる。

 用意されていた夕食の席に着けば、並んでいるのは私の好む味付けの料理や、口当たりの良いスープばかり。彼女が私のために細かく指示を出してくれたのだと思うと、愛おしさが込み上げてくる


「待たせてしまったな、ロキシー」

「いいえ、ちょうどお腹が空いたところですわ。さあ、温かいうちに食べましょう?」


 お互いの希望で、今日も向かい合わせではなく隣同士に座る。

 給仕の侍女たちを下がらせ、二人きりになった室内。私は食事を進めながらも、視線は彼女のある一点へと吸い寄せられていた。

 少し広めに開いた室内着の襟元。そこから覗く白い肌には、夕方、馬車の中で私が刻みつけた熱痕がひっそりと残っている。


「……ロキシー」

「はい、ノクス様……ひゃっ!?」


 私がそっと手を伸ばし、その赤い痕跡を親指の腹でやさしくなぞると、ロクサーナは小さく体を震わせて可愛い悲鳴を上げた。

 みるみるうちに、彼女の頬から耳の裏までが林檎のように真っ赤に染まっていく。


「の、ノクス様……、そこは、その……。ヴェラに見つかって、もの凄く恥ずかしかったのですよ?ほどほどになさいませ、って……!」

「だが、綺麗に残ったな。そなたが私のものだと、この肌が証明しているようで気分が良い」


 恥ずかしそうに両手で頬を押さえる彼女を眺めていると、胸の奥から暗い満足感が湧き上がってくる。

 普段はあんなに堂々としている彼女が、私の前でだけ、こんなにも初心に照れているのを見ると、タガが外れてしまいそうになる。


「……もう、本当に意地悪ですわ」


 顔を赤くしながら上目遣いで私を睨んでくるが、全く怖くない。

 私はクスクスと低く笑いながらその手を取り、指先にそっと口づけを落とした。


「すまない。あまりにも愛らしくてな」


 そう言って彼女の照れ顔を愉しみながら、私たちは和やかに食事を進めた。運ばれてきたデザートとお茶を口にし、すっかり皿が空いたのを見計らって、私は前々から考えていたことを切り出した。


「……ところでロキシー、少しそなたに相談したいことがあるのだが」

「相談、ですか?」


 ロキシーが首を傾げる。私は彼女の手を握ったまま、かねてから考えていた計画を口にした。


「近いうちに、一度そなたの故郷である、ヴァルハイト辺境伯領へ向かおうと思っている」

「まあ……! 私の領地へ?」


 ロキシーが驚いたように目を輝かせた。


「ああ。婚約発表はしたが、正式な挨拶はまだ済ませていないし、皇帝として辺境の視察も兼ねてな。何より……そなたを育んだあの地を、この目で見てみたい。そなたの両親にも、一度きちんと挨拶をしておきたいからな」


 そう告げると、ロキシーは呆気に取られたように瞬きをし――それから、今度は嬉しさが抑えきれないというように満面の笑みを浮かべた。


「嬉しい……! ありがとうございますノクス様。皆きっと喜びますわ。それに、私の大好きな領地を、ノクス様に案内できるなんて夢のようですわ」


 本当に嬉しそうに、私の肩にコテンと頭を預けてくるロキシー。

 その無防備な姿だけでも、執務を調整する甲斐があると心から思う。

 

「ヴァルハイト領には、綺麗な場所がたくさんありますのよ。夜になると星が降るように近くに見える高台や、一面に薄紫色の花が咲き誇る広い野原……。ノクス様をお連れしたい場所が、もう数え切れないほどありますわ!」


 私の肩に頭を預けたまま、ロキシーは弾んだ声で故郷の魅力を語り出した。その瞳は、まるで遠くの美しい景色を思い描いているかのようにキラキラと輝いている。


「ノクス様、一緒に星空を見てくださる? それから、ヴァルハイト領の名物である、少しスパイスの効いた果実酒もぜひ飲んでいただきたいのです。きっとノクス様も気に入ってくださると思いますわ」

「ああ、そなたが愛する土地のすべてを、私も一緒に味わいたい」


 あまりにも嬉しそうに領地の良さを語る彼女が微笑ましくて、自然と口元が緩む。そっと彼女の細い肩を抱き寄せ、その柔らかな髪に唇を寄せた。


「そんな風に楽しそうに話されたら、今すぐにでも出発したくなってしまうな……これほど待ち遠しい視察は、生まれて初めてだ」

「ふふっ、私もですわ。ノクス様と一緒に領地を歩けるなんて、今から楽しみで仕方がありません」


 ロキシーは私の肩から顔を上げ、心から楽しそうな笑みを向けてくれた。その無邪気な愛らしさに、幸福感が満たされていく。

 しばらくの間、互いの温もりを感じながら穏やかな時間を共有していると、窓の外の夜はいっそう深まっていた。


「……今夜はもう遅いな。私はそろそろ部屋へ戻る」

「もうそんな時間ですのね」


 名残惜しそうに離れていく彼女の額に、そっとお休みのキスを落とした。最後にもう一度強く抱きしめて、彼女の部屋を後にする。


「おやすみロキシー、良い夢を」

「ええ、おやすみなさい。ノクス様」


 背後でパタンと閉まった扉の音を聴きながら、まだ残る彼女の温もりと、楽しそうに語るロキシーの笑顔を思い出し、柄にもなくその視察を心待ちにしている自分に気づいて、私はふっと苦笑した。


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