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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第4話:食事は二人で分け合うもの

前半はロクサーナ視点、後半はノクス視点です。

 三日目の夜会。

 会場に一歩足を踏み入れた瞬間、私――ロクサーナに向けられる視線が、昨夜とは明らかに変わったのが分かった。


 お尻まである茶色の髪をハーフアップにまとめた私の姿に、周囲の貴族たちがハッと息を呑み、そして酷く困惑したようにヒソヒソと囁き合っている。


『な、何かしらあのドレス……。ベースのあの鮮やかな黄色、なんて下品で醜いのかしら』

『ええ、でも……あそこに施されているゴールドの刺繍を見て。職人の技も意匠も、神聖なほどに美しいのに……』

『どうしてあんな美しい刺繍を、あんな醜い黄色に合わせるの? 意味が分からないわ……!』


 (ゴールド)と、彼らの言う(鮮やかな黄色)が混ざり合ったドレスは、帝都の貴族たちに激しい不協和音をもたらしたようだった。


 けれど、そんな狼狽した視線を浴びながらも、私の心はどこか冷めていた。みんなはドレスのチグハグさに混乱しているけれど、私にとってはすべて、ルシウス様の深い夜の色に一番映えるから選んだに過ぎないのだ。


「ロキシー、本当にその格好で良いのか? 俺は格好いいと思うが、帝都のモヤシ男どもはあまりの規格外さに目を回しているぞ」

「いいのです、お兄様。これくらい力強い色でなければ、私の心は表せませんわ」


 エスコートしてくれた兄ガレスにそう告げ、私は昨夜と同じように、隙を見計らって夜会会場を抜け出した。

 手には、シルクの高級な布で頑丈に包んだ、料理長特製のローストミートの銀の器。ドレスのポケットには、お兄様の部屋からこっそり拝借してきた携帯用の小さなナイフ(一応、淑女なのでお肉を切り分ける用です!)を忍ばせ、私は夜の庭園へと急いだ。


ーーー


 一方、大理石のベンチの前に立つノクスは、内心、酷く苛立っていた。


(……来ない。やはり、ただの悪質な悪戯だったのか)


 夜会が始まってから、すでに十分な時間が経過している。

 昨夜のあの甘い言葉も、明日も会いたいという約束も、すべては自分をからかうための罠だったのだと、冷え切った心が告げていた。


 拳を固く握りしめ、このまま執務室へ戻ろうと踵を返した、その時。


「ルシウス様――っ!」


 夜闇を切り裂くような、鈴の鳴る声が響いた。

 ノクスがハッとして振り返ると、そこには、息を切らせて走ってくるロクサーナの姿があった。


「す、すみません……! お兄様を撒くのに、少し手間取ってしまって……!」


 ノクスは、その場から一歩も動けなくなった。

 暗闇の中から現れた彼女は、まるで本物の『夜明けの光』のようだった。


 月光を吸い込んで輝くゴールドの刺繍と、鮮やかな黄色のドレス。それが、彼女の金の瞳と完璧に調和して、眩いばかりの美しさを放っている。


「そなた……その格好は……」

「変、でしょうか? ルシウス様の黒に、一番似合う色を選んだつもりなのですけれど……」


 ロクサーナは少し不安そうに、ドレスの裾をつまんで小首を傾げた。


 ノクスは喉の渇きを覚えながら、細められた漆黒の瞳で彼女を凝視する。

 変なはずがなかった。白や銀を崇めるこの国の連中なら、鮮やかな黄色を見て、下品で醜悪だと眉をひそめるだろう。


 だが、彼女はそんな常識など一蹴し、ただ自分の『黒』を引き立てるためだけに、この一着を選び抜いてみせたのだ。

 まるで、自分という存在のためだけに特別にあつらえられたかのようなドレス。

 

 世界中の誰もが否定し、遠ざけてきた自分の色を、丸ごと受け入れ、肯定してくれている――その事実に、ノクスの胸は激しく締め付けられた。


 この国の誰もが理解できないその暖かな色彩が、ノクスにとっては、網膜に焼き付くほどに眩しかった。


「……似合っている。とても、綺麗だ」

「! 嬉しい……! 頑張って選んだ甲斐がありましたわ!」


 パッと満面の笑顔を咲かせたロクサーナは、嬉しそうにベンチへ駆け寄ると、持っていた包みを広げた。


「さあ、ルシウス様! 約束の差し入れですわ。我が家の料理長に無理を言って、とびきりジューシーに焼いてもらったローストミートです!」


 現れたのは、香ばしい匂いを漂わせる、見事な肉の塊だった。

 ノクスは思わず、形の良い眉をピクリと動かした。


「……夜会を抜け出して貴族令嬢が持ってくるものが、本当に肉とはな」

「だって、ルシウス様と夜食を食べるとお約束しましたもの! はい、これでお肉を切り分けますわね」


 ロクサーナはドレスのポケットから、無造作に頑丈なナイフを取り出した。その手慣れた刃物の扱いに、ノクスは内心で小さく目を見張る。


(……かなり筋が良い。訓練を積んでいるのか?)


 しかし、そんなノクスの警戒を他所に、ロクサーナは器用に肉を小さく切り分けると、「はいっ」とノクスに差し出した。


「さあ、冷めないうちに召し上がれ!」

「……そなたは食べないのか?」

「私も食べますわ! はい、ルシウス様、あーん、です!」

「は……!?」


 ノクスは、本日二度目のフリーズを経験した。

 上品に切り分けた肉を、彼女自らが自分の口元へと突きつけている。


「……そなた、自分が何をしているか分かっているのか?」

「ルシウス様にお食事を差し上げていますの。マナー違反でしたか……?」


 上目遣いで、じっと見つめてくる金の瞳。

 ノクスは、彼女に毒を盛る意図が微塵もないことを、その綺麗な瞳から察した。同時に、自分の心臓が、昨夜よりもさらに激しく鐘を鳴らし始めていることに気づく。


(……もう、どうにでもなれ)


 観念したノクスは、ふっと薄い唇を開き、彼女の差し出した肉を口に含んだ。

 噛み締めた瞬間、上質な肉汁とスパイスの香りが広がる。


「……美味い」

「本当ですか!? よかった……!」


 ロクサーナは自分のことのように喜び、今度は自分の分の肉を、大きく口を開けてぱくりと食べた。美味しい、と幸せそうに頬を緩める彼女の横顔は、着飾った令嬢たちの誰よりも、ノクスの目を惹きつけて離さなかった。


 ーー大理石のベンチに並んで座り、一つの肉を分け合う二人。

 

 それは、身分を隠した皇帝と辺境伯令嬢の、あまりにも奇妙で、世界で一番温かい密会の始まりだった。


白、金銀、パステルカラーなどの薄い色=高価値、美しい

原色、濃い色=低価値・醜い

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