第3話:夜明けの少女は、恋に猪突猛進する
ロクサーナ視点です
――どうしよう。心臓が、破裂しそうにうるさい。
ルシウス様に見つめられた余韻で、身体中が熱かった。
私はドレスの裾を少しだけ持ち上げ、帝都の令嬢が見たら卒倒するような速さの早歩きで夜会会場の重厚な扉へと滑り込む。
きらびやかな魔導具の光と、着飾った貴族たちの騒がしい声が、一気に鼓膜を叩いた。
「おい、ロキシー! どこに行っていたんだ、探したぞ!」
会場に戻るや否や、人混みをかき分けて私を見つけてくれたのは、実の兄であるガレス・ヴァルハイトだった。
ハニーブラウンの短髪に、アンバーの瞳。
我がヴァルハイト辺境伯家の次期当主であり、その体躯は無駄のない筋肉美に溢れている。帝国の基準でもかなり目立つ美形なのだが、いかんせん中身が私以上の筋金入りの脳筋だった。
「お兄様。ちょっと外の空気を吸いにお庭へ……それより、お兄様こそご令嬢たちに囲まれて身動きが取れなくなっていたくせに」
「あんな、触れたら折れそうな細腕の令嬢たちに囲まれてみろ、生きた心地がしない! 万が一にも俺が力加減を間違えて、怪我でもさせたらどうするんだ。やっぱり、領地で魔物と戦っている方がよっぽど気楽だぞ」
はあ、と本気でげんなりした顔でため息をつく兄。
帝都の華やかな貴族たちからすれば、私たちは「これだから北の野蛮人は」と陰口を叩かれる対象だ。実際、今も遠巻きに私たちを値踏みするような視線を感じる。
けれど、今はそんなことはどうでもよかった。
(……ルシウス様。本当に、素敵な人だったなぁ)
胸元にそっと手を当てる。
みんなは白や銀を神聖視して、黒を忌むべきものとして遠ざけるけれど、私には全く理解できない。
ルシウス様の、あの夜をそのまま溶かしたような美しい黒髪。吸い込まれそうな漆黒の瞳。そして、どこか冷たいのに私を突き放しきれなかった優しい声。
お父様とお母様には「帝都の夜会で、良い婚約者(ただしヴァルハイトの厳しい環境に耐えられる骨のある男)を見つけてきなさい」と言われて送り出されたけれど、もう決まりだ。
私は、あの人以外の隣に立つつもりなんて、毛頭ない。
「おい、ロキシー? なんだか顔が赤いぞ。さては帝都のぬるい空気で熱でも出したか?」
「違いますわ。……お兄様、私、絶対にあの人をヴァルハイトに連れて帰ります」
「あ? あの人って誰だ?」
「ふふ、秘密ですわ」
私は兄の追及をひらりと躱し、帝都滞在中の拠点である辺境伯家のタウンハウスへの帰路についた。
――それからの私は、まさに怒濤だった。
「ロクサーナ様!? 明日のドレスを変更されるのですか!?」
翌朝、タウンハウスの自室で、私はお抱えの仕立屋と侍女を前に宣言した。
一週間続く夜会のために、あらかじめ用意されていたドレスは、どれも万人受けする淡い色や、白を基調としたドレスばかりだった。
「ええ。もっとこう……あの人の色に映えるような、私の瞳に合うドレスがいいわ。あらかじめ用意していた淡いピンクのドレスではなく、温かみのある鮮やかな黄色をベースに、ゴールドの刺繍があしらわれたドレスはある?」
「ございますが……ロクサーナ様、原色に近い鮮やかな黄色ではなく、帝都でも流行りの淡い黄色にされたらどうでしょうか? 婚約者探しの場とはいえ、少々目立ちすぎるのでは……」
「構わないわ。全面ゴールドでは派手すぎて下品になってしまうけれど、この力強い鮮やかな黄色にゴールドの差し色なら――見てちょうだい、最高に『黒』に映えるでしょう?」
仕立屋は「黒……?」と首を傾げたが、私は気にせず鏡の中の自分を見つめた。
白に近い淡い色を尊ぶ連中からすれば、この鮮やかな黄色は『醜い色』と一蹴されるかもしれないけれど、この強烈な黄色があるからこそ、ゴールドの刺繍がより一層気高く輝くのだ。
淑女らしいお淑やかさは苦手だけれど、自分の見せ方くらいは知っている。ルシウス様の色に寄り添い、一番綺麗に引き立てるための、私だけの勝負ドレスが完成した。
さらに、私はお昼過ぎに、タウンハウスの厨房へと突撃した。
「料理長! 今夜の夜会に持っていく、とびきり美味しい差し入れを作ってほしいの!」
「は、はあ……。お嬢様、夜会会場には素晴らしい宮廷料理がございますが……?」
「ダメよ、あそこのお料理はちまっとしすぎていて、大人の男性のお腹にはたまらないわ。冷めても美味しくて、ジューシーで、こう……ガツンと元気が出るようなお肉料理をお願い!」
辺境伯家の料理長は、私の勢いに気圧されながらも、職人魂に火がついたのか、夕方までに最高のローストミートを焼き上げてくれた。
肉汁が溢れるそれを、特製のソースと共にお洒落な銀の器と布できっちりと包む。
ドレスの準備、よし。
二人で食べる夜食の準備、よし。
鏡に映る自分の姿を確認し、私は不敵に微笑んだ。
待っていてくださいね、私のルシウス様。
夕闇が帝都を包み込み、三日目の夜会の幕が上がる。
私は兄の腕にエスコートされながら、再び城へと向かう馬車の中で、早くも夜の庭園へと心を飛ばしているのだった。




