第46話:茜色の帰り道と、サプライズ
名残惜しさは尽きなかったけれど、西の空がほんのりと茜色に染まり始めた頃、お茶会はお開きとなった。
席を立つ令嬢たちの顔は、最初に出会った時の緊張感が嘘のように、誰もが和気あいあいと笑みを浮かべていた。
「本日は本当に素晴らしい時間をありがとうございました」
「常識に囚われないお考えも、そして……殿方への向き合い方も、これほど胸に響いたお話はございませんわ」
「ぜひ、また次回もお会いできるのを楽しみにしております!」
口々にそう言って頭を下げる令嬢たちに、私は小さく微笑んで「ええ、ぜひ。私もまた皆様とお話しできるのを楽しみにしておりますわ」と約束を交わした。王都の社交界にも、こうして純粋に心を分かち合える相手がいるのだと知れたのは、私にとっても大きな収穫だった。
令嬢たちがそれぞれの馬車へと戻っていく中、主催者であるエレオノーラ様だけが、私の隣に並んで乗車口まで見送りに歩いてくれた。
「ロクサーナ様」
ふと、足を止めたエレオノーラ様が、私の目を真っ直ぐに見つめて名前を呼んだ。
ミントグリーンの瞳には、最後に見たあの強い光がまだ消えずに灯っている。
「私、本日のお茶会で、ロクサーナ様のお言葉を聞いて気がつきましたの。私はこれまで『公爵令嬢』という型の中で、美徳や完璧な令嬢という姿を守ることばかりを考えて生きてきましたわ。……でも、本当は、私にはずっと叶えたい夢があるのです」
「夢、ですか?」
「ええ。この国で女性がそれを公言するのは、少し、無謀だと思われるかもしれませんけれど……私もロクサーナ様のように、自分の心に嘘をつかず、自分らしく生きてみたいと思ったのです。……今度またお会いしたときに、私のその夢を、聞いてくださいますか?」
少しだけ恥ずかしそうに、けれど今度はしっかりと自分の足で未来を踏み締めようとする彼女の姿は、今まで見たどんな姿よりも美しかった。
「ええ、喜んで。エレオノーラ様のお話なら、いくらでもお聞きしますわ!」
私が微笑みながら手を差し伸べると、エレオノーラ様は嬉しそうにその手を握り返してくれた。彼女の中の小さな決意が、これからどんな花を咲かせるのか、今からとても楽しみだった。
ーーエレオノーラ様に見送られ、御者が待つ馬車へと足を向ける。
楽しかった。けれど、やっぱり初めての王都のお茶会は少しだけ緊張していたのだろう。
一歩ごとに、張り詰めていた気が少しずつ抜けていくのが分かった。
(……ノクス様に、早くお会いしたいわ)
今すぐあの温かい胸に飛び込んで、今日あったことを全部お話しして、たくさん甘やかしてもらいたい。そんな恋しさが胸の奥から溢れ出て、小さく息を吐きながら、開かれた馬車の乗り口へと足をかけた。
ーーその、瞬間のことだった。
「……遅かったな、ロキシー」
薄暗い馬車の中から降ってきた、低く、心地よい声。
ハッとして顔を上げると、そこにはいるはずのない人が座っていた。
「ノクス様……!?」
漆黒の髪に、深い闇を溶かしたような瞳。今まさに会いたくてたまらなかった人が、なぜか私の乗る馬車のシートに腰掛けていたのだ。
「どうしてここに……!? 皇宮でお仕事中ではなかったのですか?」
「そろそろ茶会も終わる頃だと思ってな……迎えに来た」
ノクス様はそっと私の方へと手を伸ばしてくれた。
その愛おしいサプライズに、私の胸は一瞬で爆発しそうなほどの歓喜で満たされた。我慢なんてできるはずがない。
「ノクス様……っ!」
私は馬車に乗り込むなり、ドレスの裾が乱れるのも構わず、彼の広い胸へと勢いよく飛び込んだ。
ノクス様は驚いたように目を見開いたけれど、すぐにふっと顔を緩めると、私の体を折れんばかりの力で強く抱きしめ返してくれた。
「ロキシー……っ、そんなに勢いよく飛びついたら危ないだろう」
「だって、ノクス様に早くお会いしたくてたまらなかったのですもの! 」
「!……ああ、私もだ」
胸元に顔を埋めて素直に甘えると、ノクス様は少し腕を緩め、優しく私を抱きしめた。彼の心地よい体温と、大好きな香りが全身を包み込んで、お茶会の疲れなんて一瞬で吹き飛んでしまう。
「不快なことはなかったか? 何かあったなら、私が――」
「いいえ、とっても楽しかったですわ。少し面倒な乱入者はいましたけれど、私がバシッと言い返してやりましたもの。それよりもノクス様、今日はお茶会で、皆様にノクス様とののろけ話をたくさん聞かせて差し上げましたのよ?」
「のろけ……? 一体何を話したんだ」
私の言葉に、ノクス様が心配そうに眉を寄せる。その整った顔を至近距離で見上げながら、のろけ話の内容を伝えた。
「私がノクス様に一目惚れして、毎日全力でアタックしたお話ですわ。今でもお会いした時には、大好きな気持ちをたくさん伝えるようにしてると教えて差し上げたら、皆様とても驚いて羨ましがっていらっしゃいました」
そう得意気に笑うと、ノクス様は気まずそうに視線を逸らした。
「……それを、他人にわざわざ話したのか?」
「ええ、だって本当のことですもの。恥ずかしいことなんて何もありませんわ。今だって、ノクス様に会えて世界で一番幸せです」
「ロキシー……」
ノクス様は降参したように深くため息をつくと、空いた方の手で私の頬に手を添えた。見つめ合う視線が熱を帯び、馬車の狭い空間が、一気に二人だけの甘い空気で満たされていく。
「そんな顔で、そんな台詞を言われたら……私がどれだけ理性を保つのが大変か、そなたは分かっていない」
「……保つ必要が?ノクス様には、私にたくさん溺れていただかなくては困りますのに」
「そなたというやつは……」
低くかすれた、蕩けるほどに甘い声。
次の瞬間、ノクス様の顔が私の首筋へと埋められた。優しく、けれど容赦なく柔らかな肌を吸い上げ、熱い痕跡を刻みつけていく。
外の喧騒を完全にシャットアウトした馬車の中で、私たちは皇宮に到着するまで、甘く息の詰まる触れ合いを何度も、何度も交わし合うのだった。




