第45話:甘いのろけと、小さな決意
ロクサーナ視点です。
リリスたちが足早に白薔薇の庭園を立ち去り、二人の足音が完全に聞こえなくなった、その時だった。
「……ふふっ」
それまでずっと黙っていたエレオノーラ様が、突然、溢れ出すのを止められないといった様子で、小さく吹き出した。
それは彼女がこのガゼボに現れてから初めて見せた、年相応の少女らしい笑顔だった。
「申し訳ありません、ロクサーナ様。あまりにも真っ直ぐなお言葉でしたので、つい……。あんな悔しそうなリリスを、初めて見ましたわ。ご不快な思いをさせてしまったというのに、助けていただき、本当にありがとうございました」
エレオノーラ様は深く頭を下げ、心からの感謝を述べてくれた。ミントグリーンの瞳には、私への深い尊敬と親愛の情が灯っている。
「いいえ。私はただ、美味しいお茶と楽しい時間を邪魔されたくなかっただけですわ」
「それでも、ですわ」
エレオノーラが嬉しそうに微笑む口元には、先ほどまでの張り詰めた緊張が解けたような安堵が滲んでいる。
「……あの方は、いつもあのような調子なのですか?」
「ええ、そうなのです。リリスは昔から、私が大切にしているものや、私が手に入れたものばかりを欲しがる子で……。カシアン様の件も、私から奪うことで、自分が私より優位に立てたと証明したかったのでしょう。私が何を言っても『お姉様が冷たい、虐げられている』と周囲に泣きつくので、私も対応に苦慮しておりましたの」
エレオノーラ様の言葉に、周囲の令嬢たちも「そうですわ!」と我先にと頷き、今まで溜め込んでいた不満を吐き出すように口々にロクサーナへ教えてくれた。
「リリス様はいつも、ああやって被害者を装うのです」
「王都の夜会でも、事あるごとにエレオノーラ様を悪者に仕立て上げようと周囲に泣きついていて、目に余るほどでしたわ。本日のロクサーナ様の一言は、本当に胸がすく思いでした!」
「そうでしたの……本当に、悪趣味な方ですのね」
私は呆れ半分にそう呟き、冷めかけた紅茶を一口含んだ。王都の社交界には、私の領地にはいないタイプの奇妙で面倒な生き物がいるらしい。
不快な乱入者が去った後のガゼボは、驚くほど和やかで温かい空気に満ちていた。
令嬢たちは先ほどまでの緊張が嘘のように表情を和らげ、私へと視線を向ける。
「それにしても、ロクサーナ様。先ほどから拝見しておりましたけれど、そのドレス、とても新鮮で目を引きますわね。この国では鮮やかなお色は好んで使われませんのに……不思議とちっとも品を損なっておいででなくて……むしろ、ロクサーナ様の美しさを格段に引き立てていらっしゃいますわ」
令嬢の一人が、驚きと興味の入り混じった眼差しで私のドレスを見つめた。
今日のドレスは、私の髪の色を引き立てるトーンを意識し、肌馴染みの良いクリーム色をベースにしながらも、胸元と袖口に鮮やかなターコイズブルーをワンポイントで取り入れた特注品だった。
「気付いていただけて嬉しいわ。いつもと同じままでいるより、ほんの少しの工夫で自分らしさを表現したくて、仕立て屋と相談したのです。……本当はノクス様の色も取り入れたかったのですけれど」
「まあ! 常識に囚われないそのお考え、とても憧れますわ。ぜひ私どものお手本にさせてくださいませ」
ドレスの話題でひとしきり盛り上がると、やがて令嬢たちの関心は、誰もが気になっていた一番の関心事へと移っていった。
「あの、差し支えなければ……皇帝陛下との、その……馴れ初めをお伺いしてもよろしいですか?」
「陛下は……その、黒色を纏われ、滅多に人を寄せ付けないと有名ですのに。晩餐会ではロクサーナ様を心から大切にされているように見えましたわ。一体、どのような出会いがあったのですか?」
輝くような、けれどどこか戦々恐々とした目で身を乗り出してくる令嬢たちに、私は一瞬、瞬きを繰り返した。
ノクス様との馴れ初め、と言われても。
「劇的な出会い、というほどのものは……私がただ、ノクス様に一目惚れをして、気持ちをそのままお伝えしただけですわ。陛下が私を受け入れてくださるまで、全力でアタックいたしましたの」
「ええっ……!?」
ガゼボ内が、本日二度目の静寂に包まれた。
令嬢たちは皆、口元に手を当てて信じられないものを見るような顔をしている。エレオノーラ様さえも、驚きに瞳を丸くしていた。
この世界において、普通の貴族令嬢の恋愛とは、男性からのアプローチを待つのが当然とされている。女性から積極的に想いを伝えることがはしたない訳ではないが、慎ましく控えめであり、男性に乞われて嫁ぐことこそが至高であり、美徳とされているのだ。
そんな世界で、未来の皇妃が「自分から全力でアタックした」などと堂々のろけるのだから、彼女たちにとっては天変地異に等しい衝撃だった。
「ロ、ロクサーナ様から、お伝えに……? 畏れ多くも、あの皇帝陛下に、ですか……?」
「ええ。だって、ただ待っているだけでは、私の気持ちはノクス様には届きませんもの」
思い出すだけで胸の奥がじんわりと温かくなり、私は自然と頬を緩めて笑っていた。
「今でもお会いした時には大好きな気持ちを伝えるようにしていますわ。ノクス様も、私の気持ちを受け止めて、それ以上の愛で応えてくださいますの」
令嬢たちは、頬を紅潮させてうっとりとため息を漏らした。それは、身分や打算に縛られた社交界の婚姻ではなく、少女たちの、純粋な愛への憧れの眼差しだった。
「あまり例はないですが、はしたないことではありませんし、そこまで怖がる必要はありませんわ。もし本当に心からお慕いする方に出会えたのなら、後悔する前に、ご自分の気持ちを真っ直ぐ伝えてみることをお勧めしますわ。美徳を守るあまり、ご自分の幸せを他人に委ねてしまうなんてもったいないではありませんか」
堂々と、何一つ恥じることなく言い切った私の言葉は、ガゼボにいるすべての令嬢たちの胸に、小さな、けれど確かな勇気の火を灯したようだった。
中でもエレオノーラ様は、私の言葉を噛み締めるように頷くと、そっと背中を押されたかのように、晴れやかで美しい笑顔を見せてくれたのだった。
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