第43話:お茶会と、招かれざる花
ロクサーナ視点です。
テーブルに並ぶのは、色とりどりのマカロンや、繊細な細工が施された砂糖菓子。ヴェラが言っていたような戦場のような緊迫感はなく、周囲の令嬢たちも「ロクサーナ様、お肌がとてもお綺麗ですのね」「先日の晩餐会のドレス、とても斬新でしたわ」と、好意的な視線を向けてくれる。
「ありがとうございます。皆様とこうしてお話しできて嬉しいですわ」
私が微笑むと、エレオノーラ様は流れるような所作でティーポットを傾け、私に紅茶を注いでくれた。
琥珀色の液体から、ふわりと高貴な薔薇の香りが広がる。お茶の淹れ方、温度、そして会話を途切れさせない絶妙な相槌――そのすべてが、息を呑むほど完璧だった。
(本当に、絵に描いたような完璧な淑女だわ……)
感嘆している私を、エレオノーラ様は静かに見つめていた。その瞳の奥には、値踏みするような冷たさはなく、むしろ深い関心のようなものが揺れている。
公爵令嬢の彼女にとって、型破りの行動をする私は、未知の生き物のように映っているのかもしれない。
和やかな、心地よい時間。――しかし、その静寂は、あまりにも品のない高い声によって破られた。
「まあ、お姉様! 随分と楽しそうなお茶会をなさっているのね」
ガゼボの入り口に、一組の男女が立っていた。
一人は、エレオノーラ様と同じラベンダーシルバーの髪をお人形のように緩やかに巻いて腰までふわふわと垂らした可憐な少女。薄いピンクのフリルが付いたドレスを着て、うるんだベビーピンクの瞳で上目遣いをする姿は、いかにも男性が好みそうな佇まいだ。
もう一人は、どこか自信なさげに視線を泳がせている、仕立ての良い上着を着た貴族の青年だった。
少女の登場に、周囲の令嬢たちの顔がサッと強張った。誰もがお茶菓子を持つ手を止め、気まずそうに視線を交わし合っている。
「……リリス。お茶会の最中よ。事前にお約束のない方を立ち入らせるわけにはいかないわ」
エレオノーラ様の声が、一瞬で氷のように冷たくなる。
リリスと呼ばれたその少女は、エレオノーラ様の妹のようだった。彼女は「そんなに怒らないで頂戴」と首を傾げると、隣の青年の腕にしがみつき、わざとらしく胸を押し付けている。
「だって、私の愛しい婚約者様が、お姉様にご挨拶をしたいとおっしゃるものですから。ねえ、カシアン様?」
「あ……。ご無沙汰しております、エレオノーラ嬢……」
カシアンと呼ばれた青年は、エレオノーラ様と目を合わせようとせず、おろおろと視線を泳がせていて、どこか気まずそうに見えた。
「お姉様、そんなに怖い顔をなさらないで? 優秀なお姉様ではなく、私を選んでくださった心優しいカシアン様なんですもの。今でもお姉様がカシアン様に未練があるのかしらって、私、不安になってしまいますわ」
リリスは悲しそうな顔を作ってエレオノーラ様に話しかけている。
周囲の令嬢たちは一言も喋らなくなり、ガゼボの中には小さな針が一つ落ちても聞こえるほどの、沈黙が流れた。
王都の社交界の事情に通じている人間なら、誰もが知っている。
その青年が、もともとエレオノーラの婚約者であり、それを妹のリリスが「寝取った」という有名な醜聞であることを。
だが――そんなドロドロした噂話を、一切耳に入れていない人間が、この場に一人だけいた。
(……え? 何この人たち)
私は、お皿の上のマカロンを口に放り込みそうになった手を止め、純粋な、本当に純粋な疑問の視線を少女とその婚約者に向けた。
(招待されてもいないのに、勝手にお茶会に乱入してきて……。しかも、女性ばかりの席に平気で男性を連れ込んで、聞いてもいない婚約者の話をして、一体何がしたいのかしら。すごく失礼だし、何より……めちゃくちゃ邪魔なんだけど)
お茶会の暗黙の了解も、ローゼンベルク家の婚約者事情も知らない私は、目の前で繰り広げられているやり取りの意味が全く理解できず、ただただ、そのマナー違反な突撃と、勝手に一人で悲劇のヒロインぶっているピンク色の少女の行動に、強烈な違和感を抱いていた。
せっかくエレオノーラ様が淹れてくれた薔薇の紅茶が、これでは冷めてしまうではないか。
「あの、エレオノーラ様」
我慢できなくなった私は、すっと右手を挙げ、場違いなほど真っ直ぐな声を響かせた。
その瞬間、リリスとカシアン、そして令嬢たちの視線が、一斉に私へと突き刺さった――。




