第40話:幸運の女神と、欲張りな女神
ロクサーナ視点です。
一日が終わり、夜の帳が皇宮を包み込む頃。
私は自室でノクス様と二人、静かに夕食の席に着いていた。
昨夜の張り詰めた晩餐会とは違い、好物が並ぶ食卓は、どこか家庭的でホッとする温かさに満ちている。
けれど、隣に座るノクス様は、先ほどからどこか様子が違っていた。時折何かを思い出すようにふっと視線を和ませ、どこか上の空なのだ。
「――ノクス様? スープが冷めてしまいますわよ」
「ああ……すまない、ロキシー。少し、考え事をしていてな」
私がクスッと笑いながら声をかけると、ノクス様はハッとしたようにスプーンを動かした。
(ふふ、分かりやすい方。……きっと、エルヴィス殿下とお会いになったのね)
確信を抱きながら、私はそっとワイングラスに口をつけた。
すると、ノクス様は一度スプーンを置くと、意を決したように私を見つめてきた。
「今日、エルヴィスに会った」
「あら、まあ」
「エルヴィスが……私に頭を下げたのだ。昨夜の非礼を謝罪したい、と。だから周囲の供を下がらせて、二人きりで話をした」
ノクス様の声は、どこかまだ信じられないといった様子だった。
私は何も言わず、ただ優しく先を促すように微笑みかける。
「エルヴィスは、私が周囲から虐げられる中で、自分が側にいれば私を傷つけてしまうからと、敢えて距離を置いていたのだと……。ずっと私の幸せを願っていたと言っていた」
語られたその内容に、私は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
エルヴィス殿下、ちゃんと伝えたのね。
「本当に、不器用なご兄弟ですこと」
「……全くだ。あいつはロキシーに諭されたと白状していたぞ。手厳しい義姉上だ、と溢していた」
「まあ、私はただ本当のことを申し上げただけですわ。……ノクス様、嬉しそうですのね」
そう指摘すると、ノクス様は一瞬目を見張り、それからふっと表情を緩ませた。
漆黒の瞳に灯る光は、兄弟の絆の温もりに触れた、一人の不器用な男性のものだった。
「嬉しい、か。……長年、エルヴィスには嫌われていると思い込んでいた。孤独だと思っていた私のすぐ隣に、あんなにも真っ直ぐ私を気にかけてくれる者がいたのだと知って……視界が開けたような心地がする。すべてはロキシー、そなたのおかげだ」
ノクス様は私の手をそっと包み込み、慈しむように指先を絡めた。
「私はそなたに、喜ばせてもらってばかりだな」
ポツリと漏らされたそのセリフには、深い感謝と、途方もないほどの愛が込められていた。
甘えるように私の手元を見つめる彼があまりにも愛らしくて、私は胸がいっぱいになりながら、空いているもう片方の手を彼の頬へと添えた。
「ノクス様、それは違いますわ」
「……?」
「私はただ、大好きな人が幸せそうに笑うお顔が見たいだけ。ノクス様がそうして穏やかに微笑んでくださることが、私にとって何よりの喜びであり、ご褒美なのですから」
そう伝えると、ノクス様は眩しいものを見るように私を見つめた。
「……そなたは、幸運をもたらす女神のようだな。……私だけの女神だ」
絡められた指先にギュッと力がこもり、彼の瞳に私だけが映り込む。甘く独占欲の滲むその声に溶かされてしまいそうだった。
「ふふっ、女神は欲張りなんです。これからもその素敵な笑顔を、たくさん見せてくださいね? 私のノクス様」
彼にしか見せない表現で甘く微笑んでみせると、ノクス様は目元を緩ませ「そなたの前でなら、いくらでも」と囁くように微笑んだ。
幸せな空気の中で、私たちは残りの夕食を楽しんだ。
冷え切っていた兄弟の絆を取り戻し、愛する人の心を救えたことに――私は、この上なく満足したのだった。




