第37話:甘き残香と、特等席
ロクサーナ視点です。
どれほど長く、熱い口づけを交わしただろう。
ようやく唇が離れたときには、私の息はすっかり上がっており、ノクス様のシャツを掴んでいた手は微かに震えていた。
視線を上げれば、ノクス様はどこか満足げに、そして酷く色っぽい笑みを唇に浮かべていた。いつも冷静沈着な彼の、そんな表情を見られるのは、世界中で私だけの特権だ。
「……ロキシー」
ノクス様は愛おしそうに私の髪に触れ、そのまま私を抱きかかえるようにしてソファへと移動した。彼の膝の上に座らされるような形になり、頬が熱くなる。けれど、離れる気なんてサラサラなかった。
「ふふ、やっといつものノクス様に戻られましたわね」
「すまない……。本当に、情けないところを見せた」
ノクス様は苦笑しながら、私の手を包み込むように握りしめた。その手の温もりに、数時間前までの悲しみが嘘のように消えていく。
けれど、ノクス様はふと、まだ少しだけ胸に残っていた不安を吐露するように、私を見つめた。
「……だが、本当にいいのか? あの大広間で、エルヴィスはそなたに惹かれているように見えたが……」
あぁ、と私は内心であの時の殿下の挙動を思い出していた。
「ノクス様、おそらくですけれど皇子殿下は私を試していらっしゃったのではないかしら。あの方からはノクス様が私を見つめるような熱は一切感じなかったもの。それにーー」
私は握られた手をきゅっと握り返し、彼の漆黒の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「誰にどれほど愛されようと、私が愛さなければ何の意味もないのです。私の愛は後にも先にも世界中でノクス様、あなただけのものですわ」
「ロキシー……」
「それに、完璧な男なんてつまらないわ。私は、ちょっと不器用で、独占欲が強くて、嫉妬深いノクス様の全てが大大大好きなのですから!」
ノクス様は一瞬あっけに取られたように目を見開き――それから、堪えきれないといった風にクスクスと低く笑った。その笑顔があまりにも綺麗で、私の胸がぎゅっと甘く締め付けられる。
「……降参だ。そなたには、本当に敵わないな」
「ふふん、ヴァルハイトの女を舐めないでくださいまし」
私はすっかり定位置になったノクス様の膝の上で、彼の首に腕を回した。
それからの時間は、甘やかで夢のように幸せなひと時だった。
「……ロキシー、本当にまだ部屋に戻らなくていいのか?そなたも疲れているだろう」
「戻りません。まだノクス様の温もりが足りていませんの……」
少し強がるようにして胸に顔を埋めると、ノクス様は困ったように、けれど嬉しさ滲ませて低く笑った。
「そんな可愛らしいことを言われると、本当に帰したくなくなる。……これでも、かなり我慢しているんだが」
「……っ、そんなの、知りませんわ」
耳元で囁かれた低く甘い声に、気恥ずかしくなってぎゅっと彼にしがみつく。
ノクス様はそんな私を優しく受け入れ、抱きしめてくれた。 髪や頬にも何度も、慈しむような優しいキスが落とされる。
ただ抱き合って、他愛のない話をして、お互いの体温を確かめ合う。それだけで、極上の幸福感で満たされていくようだった。
――しかし、夜が白み始める一歩手前。
時計の針が深夜の終わりを告げる頃、ノクス様が名残惜しそうに私の身体をそっと引き離した。
「……ロキシー。このまま朝まで離したくないが……さすがに、これ以上は私の理性が保ちそうにない」
彼の瞳の奥に、いつもとは違う熱が混ざっているのを見て、心臓がドキンと跳ね上がった。シャツの隙間から覗く肌が、ひどく色っぽく見える。
これ以上ここにいたら、私の方が本当に寝かせてもらえなくなってしまいそうだ。
「もうっ……、ノクス様ったら」
顔を真っ赤にした私を見て、ノクス様は悪戯っぽく微笑むと、私の夜着の上からそっと上着を羽織らせてくれた。
「さあ、部屋まで送ろう。これ以上の夜更かしは体に障る」
ノクス様は私の手を取って立ち上がると、部屋の扉を静かに開けた。
ほんの数メートル、廊下を挟んで向かい側にある私の部屋の扉の前まで、彼はエスコートするように手を繋いで歩いてくれる。
私の部屋の扉の前で立ち止まり、繋いでいた手が離れる。
「おやすみ、私のロキシー」
「おやすみなさい、ノクス様」
私が微笑むと、ノクス様は私の唇に、触れるだけの優しいキスを落としてくれた。
部屋に入り、扉を閉める。
パタン、と閉まった扉の音は、数時間前の冷淡な音とは全く違う、とても温かで安心感に満ちた音だった。




