第36話:震える本音と、重なる心
前半ノクス視点、後半ロクサーナ視点です。
宰相たちとの緊急の会議を終え、私が自室へと戻ってきたのは、日付がとっくに変わった深夜のことだった。
上着を脱ぎ、ずしりと重い疲労感とともにソファに腰を下ろす。
目を閉じれば、あの大広間でエルヴィスと微笑み合っていたロキシーの、あの眩しい金色の瞳が嫌でも浮かんでくる。
そして、大粒の涙を流していた彼女の姿も。
(私の存在が、彼女をあんなにも悲しませ、追い詰めてしまったのだな……)
エルヴィスの、好いた男の側であれば彼女は笑顔でいられるはずだ。
私のエゴで無理矢理側に縛りつけるのではなく、彼女が本当に幸せになれる場所へ解放してあげること。それだけが、私にできる唯一の愛の証明のはずだ。
(……彼女は今頃、あいつと会っているのだろうか)
――身を引くと決めたはずなのに、胸の奥が焼き切れそうなほどに痛い。
本当は、手放したくなどない。誰にも渡したくない。彼女がその手で触れて、笑いかけるのは私だけであってほしい。私だけを、愛してほしい……。
暗闇の中、一人でそんな消えない呪いのような未練に押し潰されそうになっていた時だった。
コンコンコン! と、静まり返った深夜の自室には不釣り合いな、ひどく勢いのある激しいノックの音が響いた。
「……誰だ、こんな夜更けに」
眉を顰め、私が立ち上がって扉を開けた、その瞬間。
「夜分遅くに失礼いたしますわ、ノクス様!!」
風を切り裂くような声とともに室内に突入してきたのは、あろうことか、薄手の夜着に身を包んだロキシーだった。
ーーー
一刻も早く誤解を解くために、私は廊下へ出て向かいにある、ノクス様の私室の扉を思いきり叩いた。
ガチャリと扉が開き、現れたノクス様は、シャツのボタンを少し緩めた姿で、呆然とした表情を浮かべて私を見つめている。
「……!? ロキシー?なぜこんな時間に、そんな格好で……」
「まずは、きちんと話し合いから、と思いまして」
私は動揺するノクス様をすり抜け部屋へと入ると、開いた扉を自らの手でバタン! と勢いよく閉め、背中で鍵をカチャリと施錠した。これで退路は断った。
ノクス様は、その私の突然の挙動に、息を呑んで後退りしている。
「話、とはなんだ……? そなたは、エルヴィスの元へ行ったのでは……」
「行くわけないでしょう!!」
未だに寝言のようなことをのたまっているわからずやの前に立ちはだかり、私は仁王立ちで彼の顔を睨みつけ、ゆっくりと息を吸い、
「何が『裏で逢瀬を重ねることを許そう』よ!私の気持ちを舐めてるんですの!?私が、簡単に他の男に靡くような女だと思ってるんですの!?」
「……っ、だが、そなたはエルヴィスと、あの時楽しそうに……」
「あれは殿下があまりに鬱陶しいから、至近距離でボロクソに言ってやっただけですわ!!!」
一気に捲し立てると、ノクス様は雷に打たれたように目を見開いた。その漆黒の瞳が、驚愕と、信じられないという色で激しく揺らめき始める。
「私の心には、最初からノクス様しかいません。皇子殿下じゃない、あなただけが、私の心を動かす光なのですわ。……私の心を、疑わないで」
私はノクス様のシャツの胸元をぎゅっと掴み、まっすぐにその瞳を見上げた。そして、緊張で震える声で彼に問いかけた。
「……まだ、私を愛してくださっていますか?」
「……っ!」
私の言葉に、ノクス様は躊躇うことなく私を強く抱き寄せた。
「愛しているに決まっている!!
本当は、エルヴィスにも誰にも渡したくなかった……っ!そなたがあいつの元へ行ってしまったのではないかと、怖くてたまらなかった……!」
強い意志がこもった腕の力に、私の身体が深く沈み込む。
ノクス様の耳元から聞こえる声は、いつもの冷静沈着な彼からは想像もつかないほど激しく、そして震えていた。
「ノクス様……」
「すまない、ロキシー。私はそなたの言葉を、心を信じるべきだった。……醜い嫉妬に目を曇らせて、そなたを傷つけた私を許してくれ」
そう言って、彼は私を包み込んでいた腕をほんの少しだけ緩めると、片手で私の頬を包み込んだ。
漆黒の瞳には、揺るぎない熱が宿っていた。
「私は、もう二度とそなたの愛を疑わない」
「……ええ。最初から、そう言ってくだされば良かったのですわ」
私が安心したように微笑むと、ノクス様は愛おしそうに目を細め、ゆっくりと顔を近づけてきた。
重なる唇は驚くほど熱く、これまでの誤解と不安を全て溶かしていくようだった。




