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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第33話:届かぬ声と、優しい絶望

ノクス視点です。

 ――行かせてしまった。

 あいつの元へ、私のたった一人の光を。


 一段高い玉座に深く腰掛け、私はただ、眼下のダンスフロアの中央で踊る二人を見ていた。

 湧き上がるどす黒い衝動を抑えるために、玉座の肘掛けを握る指先が白く強張る。今すぐあそこへ乱入し、ロキシーをその細い腕ごと奪い去ってしまいたいという欲求が、脳裏を支配して離さない。


 私の弟、エルヴィス。

 私と違ってこの国の誰もが憧れる完璧な男。


 プラチナブロンドの髪を揺らし、人当たりのいい笑みを浮かべて、ロキシーの腰を引き寄せている。何かを耳元で囁きかけているその姿を見るだけで、胸の奥が焼き切れそうに痛む。


(……やはり、今までの婚約者候補と同じように、ロキシーもエルヴィスに惹かれてしまったのか?)


 私の前で一瞬、泳いだ彼女の瞳がフラッシュバックする。

 言葉を詰まらせた彼女は、完璧な美貌を前にして、心変わりしてしまったのではないか。


 オーケストラの曲は、私にはただの雑音にしか聞こえない。二人が何を話しているのか、その声は一切届かない。


 エルヴィスが距離を詰め、ロキシーがその美しい金色の瞳を揺らしながら、ふわりと微笑み返す姿しか。微笑み合う二人の姿しか、見えない。


 「……なぜ」

(……あんなに私を好きだと、言っていたではないか)


 嫉妬と呼ぶにも生ぬるい感情。そして、それ以上に肥大化していくのは、彼女が他の男を愛してしまうかもしれない『怯え』だった。


 ーーいっそ、この手で。


 この建国記念晩餐会が終わったら、彼女を誰の目にも触れない私の部屋の奥深く、私だけの空間に閉じ込めてしまおうか。


 ヴァルハイトへの帰路も、帝都での交友も……すべて遮断して。そうすれば、彼女は二度と他の男に微笑むこともなく、私だけを見て、私だけを愛してくれる。

 

 ーーけれど。


 自由を奪い閉じ込めたなら、きっと彼女は私に二度とあの眩しい笑顔を向けてはくれなくなるだろう。

 世界で一番幸せな妃にすると、あの時誓ったではないか。彼女の幸せを願うなら、私は……。


 そんな、引き裂かれそうな相反する感情を持て余しながら、ワルツが終盤へと差し掛かった、その時だった。


 ステップの終わり間際、ロキシーがエルヴィスの耳元へと顔を寄せた。

 あいつに何かを囁いたのだ。まるで、恋人同士の秘密の合図のように。


「………………………」


 頭の中で何かが音を立てて千切れた。

(ああ、ロキシー……エルヴィスと、惹かれ合ってしまったのだな)


 胸を抉られるような絶望に頭が埋め尽くされるなか、私は一つの決意を固めた。

 私の歪んだ心が彼女を閉じ込めてしまう前に、彼女から笑顔を奪ってしまう前に、私は静かに身を引こう。


 形式だけの婚姻であっても、彼女をこの帝国の最高の地位へ導いてやれる。私の妻になってくれる……名前を、呼んでくれる。


 ーーそれだけで、充分じゃないか。


 曲が終わり、エルヴィスを置いてこちらへと歩いてくる我が愛しき婚約者。

 玉座の前まで戻ってきたロキシーが、私の冷え切った手をそっと包み込もうとする。

 私はその小さな手を、優しく、愛おしそうに握り返した。


「ノクス様……?」


 驚いて見上げる彼女の瞳を、私は微笑んで見つめ返す。


「……おかえり、私のロキシー。晩餐会はまだ長い。これからはずっと、隣にいてほしい」


 たとえそなたの心が私の元を離れ、私には決して持ち得ない、エルヴィスという眩しい光に惹かれてしまったとしても。


 ーーそれでも、そなたを愛してる。


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