第32話:至宝の誤算と、八つ当たり
前半エルヴィス視点、後半ロクサーナ視点です。
差し伸べた私の手に、ロクサーナ様がそっと自身の右手を重ねる。
私の目的は一つ。この女が、今まで兄上の婚約者候補だった他の女たちと同様に、私の美貌や甘い言葉に色目を使う浅ましい狐なのかを確かめることだ。
兄上のためなら、私はいくらでも自分のこの憎たらしい顔を利用してみせる。
オーケストラの曲調が、先ほどの激しいロンドから、緩やかなワルツへと変わった。
私は彼女の腰を引き寄せ、ステップを踏み出す。
――その瞬間、私の背中に、ゾクリとするほどの凄まじい悪寒が走った。
そっと横目で見ると、玉座に戻ったはずの兄上が、恐ろしいほどにこちらをじっと凝視している。その射殺すような漆黒の視線は、痛いほどに私の背中に突き刺さっていた。
(……兄上が私を見てくださっている!いつも私を避ける兄上が……!)
その歓喜と動揺を隠すように、私は彼女の耳元へ顔を寄せ、貴族の令嬢なら誰しもが卒倒するような、とびきり甘い声を紡いだ。
「ロクサーナ様。こうしてあなたを腕に抱くと、兄上に嫉妬してしまいそうです。ヴァルハイトの情熱的な朱赤は、私のプラチナブロンドにも、よく映えると思いませんか?」
だが、彼女はピクリとも表情を変えない。
ならばと、私はワルツの旋律に合わせて彼女の手を引き、わざと吐息が触れ合うほどの至近距離へと引き寄せた。
恋人同士のような距離感で、その金色の瞳を覗き込む。
「帝都の夜は、辺境と同じくらい冷えます。寂しくなったなら、いつでも私の胸に飛び込んできてください。……温めて差し上げますよ? 私なら、あなたを絶対に悲しませない。……どうですか、ロクサーナ様。兄上ではなく、私のものになりませんか?」
今まで、シルヴェスタの至宝たる私の美貌とこの甘い囁きに、耐えられる女などこの世に存在しなかった。
じっと見つめると、ロクサーナ様はふわりと、綺麗な笑みを浮かべた。
(かかった!)
勝利を確信した、まさにその瞬間だった。
「ーーうるさいですわね」
向けられた微笑みのまま、彼女の金色の瞳が、一瞬で絶対零度の氷へと変貌した。
「……コホン。失礼いたしましたわ、殿下。あまりにくだらないお戯れが続くものですから。一体何が目的でいらっしゃるのかと」
「……っ!?」
心臓が跳ねた。そのあまりにも冷たい声に息を呑む私を、ロクサーナ様はまるで、羽虫でも見るかのような視線で見ていた。
ーーー
(ああ、もう、本当にめちゃくちゃ腹が立ちますわ……!!!)
殿下とワルツを踊りながら、私の胸の内は怒りと悔しさで爆発しそうだった。
もちろん、その怒りの矛先は、私を信じきれずに拗ねて行ってしまった愛しいノクス様――ではなく、この目の前の胡散臭い笑顔を浮かべているプラチナブロンドの男だ。
ノクス様が勘違いされてしまったのも、全ては元を正せば、この男が突然ダンスなんて申し込んできたせいだ。
(全ての元凶はこの男ですわ。何がシルヴェスタの至宝よ!)
完全なる八つ当たりである。
だが、ノクス様とのすれ違いで気が立っている今の私には、この男の誘惑など、ただの煽りにしか見えない。
そんな私の胸中も知らず、耳元で反吐が出るほど甘ったるい台詞を吐き捨ててきた。そのあまりのくだらなさに、思わず乾いた笑みが漏れる。
私の笑みを見た殿下は、一瞬勝ち誇った顔をしたが、そんな表情は、私の次の一言で粉砕されることになった。
「ーーうるさいですわね」
おっと。ノクス様とのすれ違いで余裕が無さすぎて、ついヴァルハイトの口の悪さがそのまま漏れ出てしまいましたわ。
慌てて喉を鳴らし、私は何事もなかったかのように淑女の微笑みを貼り付け直した。
「……コホン。失礼いたしましたわ、殿下。あまりにくだらないお戯れが続くものですから。一体何が目的でいらっしゃるのかと」
「……っ!?」
案の定、殿下は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で硬直している。
私は彼の手を握る力をわざと少しだけ強め、逃げ場を無くすように冷たく微笑みかけた。
「私を揺さぶって本性でも暴こうとされたのか、それとも本当にただの女たらしなのか……。どちらにせよ、私の心を動かせるのはノクス様だけですわ。殿下の上部だけの言葉なんて、1ミリも響きませんことよ」
今度は私が彼の耳元で冷徹に言い放つ。
「……」
殿下は何かを考えるように、ただただスカイブルーの瞳で私を見つめ返していた。
そのまま曲が終わると同時に、私はそっと手を引いた。
「素敵なお戯れ、ありがとうございました、皇子殿下」
殿下に優雅な一礼を捧げ、私は一刻も早く誤解を解くべく、ノクス様の元へと向かった。
エルヴィスはブラコンです。悪意ゼロでノクスのために良かれと思ってやってます。




