第30話:シルヴェスタの至宝と、誘惑
現れたのは、プラチナブロンドのサラサラとした髪を揺らし、スカイブルーの瞳を輝かせた、息を呑むほどの美青年だった。
皇子様らしい気品と美貌を兼ね備えたその姿から、『シルヴェスタの至宝』と呼ばれているノクス様の実の弟であり、若くして騎士として名を馳せるエルヴィス・アイリス・シルヴェスタ皇子殿下だ。
帝都の全ての女性の憧れを具現化したような彼が歩くだけで、会場の視線がそちらへと吸い寄せられていく。周囲の令嬢たちが頬を染めて彼に見惚れているのがわかった。
殿下はノクス様に歩み寄り、完璧な騎士の礼をとった。
「建国記念の祝祭、心よりお祝い申し上げます、兄上」
兄に対するその声音には、深い敬意が滲んでいる。けれど、ノクス様は殿下を見た瞬間、漆黒の瞳がわずかに翳った。
「エルヴィスか。……祝辞を感謝する」
その声は、先ほど私に向けていた甘いものとは違い、どこか余所余所しく、ぎこちない。兄弟の間にピリピリとした、妙な空気の壁がそびえ立っているように見えた。
「初めまして、ロクサーナ様。先ほどのカロルス侯爵への見事な一戦、実に感服いたしました」
殿下は、極上の、人当たりのいい優しそうな笑みを私に向けた。
帝都の令嬢なら一瞬で卒倒するような、甘く完璧な皇子様の微笑み。
(……なんて綺麗な御方かしら。シルヴェスタの至宝と言われるのも納得ね。まあ……ノクス様の方が何倍も格好よくて私好みだけれど)
「お初にお目にかかります、皇子殿下。ヴァルハイト辺境伯が娘、ロクサーナにございます。シルヴェスタの至宝と名高い殿下からそのようにお褒めいただき、身に余る光栄ですわ」
そんな失礼なことを考えながら挨拶を返した私の前で、殿下は優雅に右手を差し伸べた。
「ロクサーナ様。もしよろしければ、兄上と最初のダンスを踊ったあと――私とも、一曲踊っていただけませんか?」
周囲の令嬢たちから「まあ……!」「ずるいですわ……!」という猛烈な嫉妬の視線が突き刺さる。
「エルヴィス、お前――」
隣でノクス様の放つ空気が、一瞬でどす黒く、重苦しいものへと変貌した。
(以前ヴェラから兄弟仲は良くないと聞いていたけれど、このダンスの申し込み、何の意図があるのか見極める必要があるかしら)
私は差し出されたエルヴィス様の美しい手を見つめ、艶やかに微笑んでみせた。
「お誘い、大変光栄に存じますわ、皇子殿下。ノクス様の次でよろしければ、喜んでお受けいたします」
私は殿下の手をあえて取らず、一歩下がってノクス様の逞しい腕に自ら手を絡めた。
「ノクス様、私と踊っていただけますか?」
「……ああ。喜んで、ロキシー」
彼は私の腰を壊れ物のように、けれど誰にも渡さないと主張するように強く抱き寄せた。
殿下は、自分の誘いが一蹴されたことに一瞬だけ目を見開いたが、すぐに元の完璧な微笑みに戻り「それでは、次にお待ちしておりますね」と頭を下げた。
それを横目に見ながら、私たちは大広間の中央へと進み出した。




