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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第24話:じゃじゃ馬の覚悟と、総侍従長の後悔

 私は深く吸い込んだ息を吐き出しながら、完璧に作られた淑女の笑みを完全に捨て去った。背筋を伸ばすのはやめないけれど、その立ち姿は優雅な令嬢のものではない。戦場に立つヴァルハイトの戦士のそれだ。


「はっきり言うわ。私はあなたから見れば、辺境育ちの、荒々しくて無作法なじゃじゃ馬よ。刺繍なんてこれっぽっちも興味がないし、お上品にお飾りに徹して大人しくしているなんて、逆立ちしたって無理だわ」


 剥き出しの言葉に、バルトロメウスは微笑みを崩さないまま、しかしその細い目をすっと鋭く光らせた。


「……ほう。化けの皮を随分と早く脱がれましたな」


「ええ。それから……まずはあなたに謝らなければならないわ、バルトロメウス。完璧なマナーを見せつければあなたを黙らせられるだろうなんて、私はあなたの覚悟を、三代にわたってこの皇宮とノクス様を見守ってきたその誇りを、あまりにも甘く見ていたわ。無礼な真似をして本当にごめんなさい」


 私が頭を下げると、バルトロメウスは一瞬、本当に意外そうな顔をして目を丸くした。

 私は彼のこれまでの人生への敬意を言葉にした。


「ええ。あなたほどのプロに、小手先の作戦なんて通用しないってよく分かったもの」


 私は一歩、彼へと足を進めた。逃げも隠れもしない。彼の鋭い視線を正面から受け止めながら、胸の奥にある熱い想いを言葉に変える。


「私は、ノクス様を愛しているわ」


 堂々と言い放った私に、バルトロメウスの目がわずかに見開かれた。


「ノクス様は、みんなが言うような『怪物』なんかじゃない。この世界の歪んだ常識のせいで、生まれ持った『黒』のせいで、誰も彼の本当の姿を見ようとしない。……でもね、彼は誰よりも不器用で、誰よりも優しくて、そして誰よりも血の滲むような努力をしているの。帝都を包む巨大な結界を一人で維持することだって、どれだけ凄いことか……ここにいる誰も、何も分かってないわ……!

 ――そして、それはあなたもよ、バルトロメウス!!

先代の時代からずっとノクス様のそばにいて、彼の孤独を一番近くで見ていたはずのあなたが、どうして彼に『あなたは一人じゃない』って思わせてあげられなかったの!? 怖かった? 闇の魔石が、怪物の力が恐ろしかったの!?」」

「……っ」


 バルトロメウスは言葉を失い、喉を詰まらせた。

 彼の脳裏に、かつてまだ幼く、周囲から怪物と蔑まれながらも、一人静かに努力を重ねていた若き日のノクスの姿が蘇る。


 あの時、総侍従長としての立場に囚われず、ただ一言「お見事です、殿下」と声をかけて寄り添ってあげられていたら――。

 胸の奥でずっと後悔していたことを、見透かされた気がした。


「……ッハハ……。これは、とんだ痛いところを突かれましたな……」


 バルトロメウスは力なく笑い、その目元に深い、深い後悔の念を滲ませた。


「仰る通りにございます、ロクサーナ様。(わたくし)は……この老いぼれは、陛下を、闇の魔石を操れる力を心のどこかで恐れ、傷つけることも守ることもせぬよう、ただ『完璧な職務』という言い訳を作って、距離を置いていただけでした。

 一番近くにいながら、誰よりも陛下の孤独をただ見過ごしていたのは……この(わたくし)にございますな」


 バルトロメウスはゆっくりと、本当にゆっくりと、胸に手を当てて、その顔から一切の笑みを消した。それは三代にわたり国を支えてきた『総侍従長』としての、素顔だった。


「本当の私は、確かに淑女とは程遠いわ。伝統を重んじるあなたから見れば、皇宮を引っかき回す不安要素にしか見えないかもしれない。……でも、ノクス様を、彼が守ろうとしているこの国を、私も一緒に守りたいという気持ちだけは本物よ」


 私はそこで一度言葉を区切ると、深く、重い息を吐き出し、総侍従長の目の前で拳を握りしめた。


「もし、これからの私の行動が、皇宮の秩序を乱すと判断したら。ノクス様にとって少しでも害になると判断したら――その時は、あなたの手で、いつでも私を切り捨てて構わないわ」

「……!」


 バルトロメウスの息が、明確に止まった。

 彼が守ってきた伝統とは、突き詰めれば、皇宮の、そして陛下の安全だ。ロクサーナは、その伝統の刃を「いつでも自分に向けていい」と、命を懸けたカードを机に叩きつけたのだ。


 静寂が、執務室を支配する。

 時計の秒針の音だけが響く中、彼は私をじっと見つめ……やがて、深く、深く、大きなため息をついた。


 その顔に浮かんだのは、これまでのような仮面の笑顔ではない。細やかな気配りと優しさで下の者を包み込む、使用人たちから深く慕われている、彼本来の温和で柔らかな微笑みだった。


「これほど真っ直ぐに、我が主のために心を割いてくださる方を切り捨てては、(わたくし)の目が節穴になってしまいますな。……伝統、伝統と頑なになっていたのは、(ワタクシ)の方でございました」


 彼は燕尾服の裾を正すと、私の前に跪き、完璧な所作で頭を垂れた。


「ロクサーナ・ヴァルハイト様。我が主の孤独に寄り添ってくださること、心より感謝申し上げます。伝統とは、ただ古い形を守ることではなく、主を護ること。……このバルトロメウス、本日よりあなた様の歩みを全力でお支えすることを誓いましょう」

「……!ありがとう、バルトロメウス!」


 私は嬉しさに胸を躍らせながら、しっかりと彼の言葉を受け止めた。


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