↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/100

第23話:微笑みの総侍従長と、化かし合い

ロクサーナ視点です。

 その後もしばらく厨房に残り、私はヴァルハイトで培った食材の保存法や、異なる魔石を使った効率的な熱効率の知見を料理人たちに伝えた。


 先ほどまで怯えていた料理人たちが、今では私の言葉を一つも聞き漏らすまいと熱心にメモを取っている。その様子を嬉しく思いながら、私はニナとヴェラを連れて一度自室へと戻り、次なる作戦会議を開くことにした。


「よし、次は、皇宮の使用人すべてを統括する『総侍従長』ね。ヴェラ、彼はどんな人なの?」


 私の問いかけに、ヴェラは敬意を持った真剣な面持ちで答えた。


「総侍従長のバルトロメウス様は、先々代の時代から三代にわたって皇宮に仕える、伝統と格式の生き字引のようなお方です。常に物腰柔らかで、穏やかな笑みを絶やさない方ですが、その細やかな気配りと的確な指示は完璧の一言。皇宮のすべての使用人から深く慕われ、尊敬されている偉大な方です。

 だからこそ、伝統や礼儀を蔑ろにする者には、一切の妥協を許さない厳格さをお持ちです。ロクサーナ様、あの方に付け焼き刃の作戦は一切通じないかと思います」


 皇宮の全使用人が慕う、完璧な名侍従長。ゲオルグのような分かりやすい頑固老人より、ある意味で何倍も手強い相手だ。

 ニナが「うぅ、粗相をしたら大変そうですぅ……」と身震いしている。


(なるほどね。伝統を重んじる気高いおじいさま……。なら、まずは『完璧な貴族令嬢の作法』で、伝統に敬意を払っているところを見せようかしら)


 これでも私は、ヴァルハイト辺境伯の令嬢だ。実家の領地では男前に暴れ回っていたけれど、社交界用の完璧な淑女のマナーだって、血のにじむような努力で身につけている(苦手ではあるけれど)。


 私は背筋をピンと伸ばし、足音一つ立てない優雅な所作で、総侍従長が執務を行う中央侍従室へと向かった。

 もちろん、厨房に入るためのシンプルなドレスから、上品な仕立てのドレスに着替えて。


「失礼いたします、バルトロメウス総侍従長。ノクス様の婚約者、ロクサーナ・ヴァルハイトと申します。ご挨拶に伺いました」


 扉が開くと、そこには白髪を美しく整え、一分の隙もない燕尾服を纏った老人が佇んでいた。

 彼は私を見ると、まるで聖母のように優しく、温和な微笑みを浮かべて深く美しい一礼をした。


「お初にお目に掛かります、ロクサーナ様。総侍従長を務めております、バルトロメウスにございます。……お噂はかねがね。ヴァルハイトの『大輪』がどのようなお方かと思っておりましたが、まさかこれほど美しい礼法を身につけておいでとは。素晴らしいお心の持ち主でいらっしゃる」


 耳に心地よい、穏やかで気品のある声。

 けれど、彼の澄んだ瞳の奥には、私を歓迎する色だけではなく、静かで重い波が揺れていた。


「恐れ入ります。ノクス様を支える身として、皇宮の伝統に泥を塗るわけにはまいりませんもの。ですから、まずはこの皇宮の現状や、ノクス様が過ごしやすい環境づくりのために、私にできることをお手伝いしたいと考えているの」


 完璧な淑女の笑みを返しつつ、私は「皇宮のために働きたい」という前向きな提案を切り出した。

 しかし、バルトロメウスは目を細め、ふふ、と上品に首を振った。


「ロクサーナ様、そのお志、大変ありがたく存じます。……ですが、この皇宮は数百年の伝統の元、我ら使用人が完璧な規律で回しております。過酷な北方の戦場を生き抜いてこられたお若いご令嬢が、急に立ち入れるような生易しい実務はございません。ここは陛下を守るための城。お気持ちだけ受け取らせていただきます。お部屋で大人しく刺繍でもなされるのが、結果として陛下のため、そしてこの皇宮の『伝統』のためかと存じます」


(……っ! 完璧に拒絶されたわ……!)


 バルトロメウスの言葉には、悪意や嫌みは一切なかった。彼はただ、本気でこの皇宮を、そして主であるノクス様を守るために、伝統という揺るぎない盾を使って正論を述べているのだ。


 同時に、その穏やかな瞳の奥には、遠目からずっとノクス様のことを見守ってきた者の、深く鋭い「覚悟」が宿っていた。


 バルトロメウスは、この皇宮のために、私という人間が「皇宮に害をもたらす人間か」そして「ノクス様の隣に立つ資格があるのか」を、本気で見定めようとしている。

 私の完璧な淑女の作法という小手先の作戦は、この百戦錬磨の老人には完全に読まれている。綺麗に飾った言葉では、彼の心の門を叩くことすらできない。


(……やめた。お上品な仮面ごっこは、私には向いてないわ)


 私はすっと背筋の力を抜くと、取り繕っていた淑女の微笑みを消した。

 代わりに浮かべたのは、ヴァルハイトの女としての真っ直ぐで不敵な、ありのままの笑み。


「――バルトロメウス。化かし合いはここまでにしましょう」


 ガラリと変わった私の気配に、バルトロメウスの眉がほんの一瞬だけ、ピクリと動いた。


・パルトロメウスの考えについて

ロクサーナが部屋で大人しく過ごすことが伝統のため、と言った理由です。

① 「役割の分担」こそが平和を保つ伝統

バルトロメウスの思想では、皇宮という巨大な組織が完璧に回るのは、全員が「自分の役割」を100%全うしているからです。

 ※使用人: 完璧な実務、掃除、料理、管理。など

 ※皇妃: 後継者を産むこと。社交界のお手本となるような完璧な淑女であること。など

バルトロメウスからすれば、「辺境から来たばかりの令嬢が、良かれと思って現場(厨房や事務)に口を出すこと」自体が、トラブルの元に見えるのです。


② 過去の「悪しき伝統(身内のいざこざ)」

先代の時代、多くの側室たちが「皇宮の実務」や「権力」に口を挟み、自分の息のかかった者を役職につけようとして、皇宮内はドロドロの派閥争いで大荒れに荒れました。

バルトロメウスはそれを最前線で見てきた苦い過去があります。だからこそ、新しくやってきたロクサーナに対しても、「余計な実務に色を出さず、大人しく部屋にいてくれるのが一番安全で、皇宮の秩序(伝統)が保たれる」と考えています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。