第19話:極上のステーキと、初めての告白
ロクサーナ視点です。
「……美味しい……! なにこれ、信じられないくらい柔らかいですわ……!」
マナーが悪いと分かっていても、口に運んだステーキのあまりの衝撃に、私は身悶えしてしまった。
私のために用意されたダイニングテーブルに並ぶのは、帝都の最高級ブランド牛のステーキ。ヴァルハイトの、野生の魔獣の引き締まった赤身肉も噛み応えがあって大好きだけれど、口の中で文字通りとろけるお肉なんて生まれて初めてだ。
「そなたの口に合ったのなら良かった。帝都で最高と言われる肉を、今朝一番に仕入れさせて、料理長に焼かせたんだ」
「ノクス様、これ毎日食べたら私、贅沢病でダメになってしまいますわ!」
「ダメになっても構わない。私が一生、そなたの世話をしよう。……ロキシー、もっと食べるか? 私の分も食べるといい」
ノクス様は至極当然のように、自分の皿のステーキを次々と私の皿へと移し替えていく。
この徹底的な甘やかされ方、悪くない。私は彼から貰ったお肉を美味しそうに咀嚼しながら、ふと、気になっていたことを切り出した。
「そういえば、ノクス様。このお部屋の入り口や窓に、凄く濃密な魔力を感じたのですけれど……あれは何かしら?」
すると、ノクス様は薄く唇を釣り上げた。
「気づいたか。そなたの安全を完璧に保障するための防御結界だ」
「防御結界、ですか?」
「ああ。私が許可していない人間は、誰であろうと一歩もこの部屋には入れない。さらに、そなたが部屋の敷居を跨いで外に出れば、私のこの指輪にリアルタイムで通知がいき、そなたの現在地が全て私に筒抜けになる仕組みだ。これでそなたがどこにいても、私はすぐに駆けつけることができる」
ノクス様は、自分の指にはめられた黒い魔導リングを愛おしそうになぞった。
なるほど、部屋の外に出る自由はあるけれど、出た瞬間に彼に筒抜けになるシステム。普通の令嬢なら、監視されているようで泣いて怖がるところかもしれない――けれど。
(あーーもう!本当にっ……しょうがないんだから!)
その無自覚な束縛に、恐怖どころかそんなに私の全てを把握しておきたいのかと、胸がキュンと甘く疼いた。
私は自分のフォークを手に取ると、一切れのステーキを綺麗に突き刺し、隣に座るノクス様の口元へ突き出した。
「はい、ノクス様、あーん、です!」
「!……美味い」
庭園でのやりとりが思い出されるそれに、ノクス様の綺麗な漆黒の瞳が嬉しそうに輝く。
「私のことをそこまで大切に想って、素敵な結界まで作ってくださってありがとうございます!私、嬉しくてノクス様のことがもっともっと大好きになってしまいましたわ。」
私の言葉にノクス様の動きが完全に止まった。
彼の綺麗な瞳が、じわじわと、恐ろしいほどの熱量と深い歓喜で潤んでいく。
「ロキシー、いま……」
「え…?」
「初めて、そなたの口から直接『好き』だと……漸く言ってくれたな……」
ノクス様はうっとりと極上の笑みを浮かべた。
驚きというよりは、乾ききった砂漠にようやく最高の一滴が滴り落ちたかのような、切実な感動がそこにはあった。
その信じられないほど美しい微笑みに、私の心臓までバクバクと暴れ出してきた。
「あ、あら……?私、言葉にしてお伝えしたのは、もしかして初めてでしたかしら……?」
「初めてだ。……誰かに『好き』と言ってもらえることが、これほどまでに胸を温かく満たし、救われるものなのだと初めて知った。……私の人生で最初のその言葉をくれたのが、そなたで本当に良かった」
ノクス様の瞳から、一筋の美しい涙が頬を伝ってこぼれ落ちる。
今にも壊れてしまいそうなほど深く激しく感極まっている彼に、どうしようもなく愛しさが込み上げる。
「これからは、何度だってお伝えしますわ……ずっとお側にいるのですから。……ノクス様は?」
「私、か?」
「そうですわ。ノクス様の……その、私への気持ちも、改めて言葉で聞きたいですわ」
上目遣いでノクス様の顔を覗き込む。
すると彼は、迷いなど一切ない、深く、どこまでも一途な眼差しで私を真っ直ぐに見つめ返した。隣同士の席だから、彼の熱い体温がそのまま伝わってくる。
「言葉などでは足りないが、何度でも言おう。ロキシー、私はそなたを狂おしいほど、愛している。この命も、魂も、全てそなたのものだ」
「……っ!」
ストレートすぎる『愛している』の破壊力に、今度は私の方が顔から火が出そうになる。
ふと、食べかけのステーキが目に入った。
(……冷静に考えて、初めての告白が食事中だなんて、ムードも何も無いわね。でも……)
あの庭園での食事(お肉の差し入れ)から始まった私たちだ。
これ以上ないほど、私たちらしい最高の告白かもしれない。
私は小さく吹き出すと、照れ隠しも込めて、はにかむような笑顔を彼に向けた。
「……ふふ、そこまで言ってくださるなら、もう絶対に手放してあげませんわ!私が一生、誰よりも大切に愛して差し上げます。ですからノクス様も、私のことをもっともっと、たくさん愛してくださいね?」
「っ、ああ……! そなたの望む以上の愛を捧げよう。……ロキシー、愛している」
ノクス様はそう言うと、私の手をそっと包み込み、そのまま私の指先に、宝物を扱うような極上の優しさで唇を落とした。
そして、指先から滑らせるようにして、お互いの指を深く絡ませ合う。
「……っ」
繋いだ手から、彼の「絶対に離さない」という強い執着と、それ以上の深い愛が伝わってくる。
微笑みながら見つめ合う私たちの間で、繋いだ手の熱だけが、いつまでも心地よく弾けていた。




