第18話:定時退勤と、眩しい夕食
16話でロクサーナと別れた後のノクス視点です。
ロキシーを本宮最上階の、私の部屋の真向かいにある部屋へと案内し、執務室に戻ってからの数時間。私の効率は、客観的に見ても凄まじかった。
いつもなら丸一日、頭を悩ませるはずの複雑な通商条約の書類を、集中力を極限まで高めてわずか半日で片付けた。
「……陛下、本日は急ぎのご用でもあるのですか…?」
「ロキシーが、私の部屋の向かいで待っている。一秒でも早く帰らねばならない」
「左様でございますか……。では、こちらの追加の予算書も」
「すぐに終わらせる」
宰相が差し出してきた書類をひったくる。
これまではただ、怪物と恐れられる私が義務を果たすためだけに処理していた退屈な書類の山が、今は「ロキシーの元へ一刻も早く帰るための障害物」にしか見えない。定時の鐘が鳴ると同時に全てを終わらせ、私は椅子を蹴立てて立ち上がった。
ーーー
廊下を挟んだ向かいの部屋。その重厚な扉の前に立ち、私は一度、深く息を吐いて心を落ち着けた。情けない焦燥感を、最愛の令嬢に見せるわけにはいかない。
「ロキシー、入るぞ」
声をかけ、扉を開いた。
その瞬間、私の思考は完全に停止した。
「お待ちしておりましたわ、ノクス様。お仕事、お疲れ様です」
部屋の中央で、私を振り返って嬉しそうに微笑んだロクサーナは、眩いばかりの光を放っていた。
彼女が身に纏っていたのは、私が買い占めたドレスの中から選んだ、深いネイビーのドレス。夜空のようなその布地が、彼女の持つ豊かな茶髪と、透き通るような肌をこれ以上ないほど鮮やかに引き立てている。
さらに胸元には、彼女の瞳と同じ、輝く金色のトパーズのネックレス。
「……っ」
あまりの美しさに、仕事の疲れなど一瞬で消し飛び、代わりに強烈な独占欲が脳を駆け巡る。美しいーー今すぐこの手で抱きつぶし、この部屋から一歩も出したくない。
「あの、ノクス様……? あまりに無言だと、私、不安になりますわ」
「……いや。完璧だ。あまりに美しくて、言葉を失っていただけだ」
私が掠れた声で本音を漏らすと、ロクサーナは「まぁ」と両頬を林檎のように染めると、そのまま躊躇いなく距離を詰め、私の胸元にその小さな体を特攻させるように、ぎゅっと抱きついてきた。
「嬉しい! ノクス様をびっくりさせたくて、ニナたちと頑張って選んだ甲斐がありましたわ」
「ふふっ、陛下。私とヴェラ様で気合を入れてお仕度させていただいたんです!」
ロクサーナの後ろで、ニナが瞳を輝かせて胸を張った。その隣では、ヴェラが瞳に満足げな色を浮かべて静かに一礼している。
(コンラートとレンツの娘たちを選んだのは正解だったな)
彼女たちの優秀な仕事ぶりに、心の中で賞賛を贈る。くだらない嫌みしか言えない侍女たちとは違う。このタフな二人は、ロキシーの剛胆さを正しく理解し、早くも味方となったようだ。
「二人とも、下がって良い。ここからは私とロクサーナの二人だけの時間だ」
「はっ。それでは失礼いたします」
ニナとヴェラが速やかに部屋を出ていく。
パタンと扉が閉まり、広い室内に残されたのは、私とロキシーの二人だけ。
「さあ、ロキシー。そなたのために、最高の肉を用意させた。食事にしよう」
私は彼女の手をとり、すぐ近くのダイニングテーブルへとエスコートした。この甘い部屋の中で、今夜は彼女をたっぷりと甘やかすとしよう――。




