第12話:漆黒の檻と、囚われのお姫様
「ん……っ、ふ……」
どれほどの間、唇を重ね合っていただろう。
ようやく僅かに隙間ができたと思っても、ルシウス様は名残惜しそうに私の下唇を優しく食み、そのまま吸い上げるようにして、再び深い息を吹き込んできた。
ドレスの黄色と、彼の纏う漆黒が、夜闇の中で完全に一つに溶け合っていく。
「はぁ、あ……っ」
二度目の長い口づけのあと、今度こそ唇が離される。
私は彼の頑丈な胸板にすがりつき、熱い吐息を漏らすのが精一杯だった。腰を抱く彼の腕には、いまだに強い力が込められていて、まるで私を自分の身体に埋め込もうとしているかのようだ。
「ル、ルシウス様、苦しい、ですわ……」
「……離したくないのだ。そなたが甘い言葉を重ねるたびに、どうにかなってしまいそうだ」
ルシウス様は私の首筋に顔を埋め、ふぅ、と熱い息を吹きかけながら、掠れた声で囁いた。その長い指先が、私の髪を愛おしげに梳いていく。
「ロクサーナ。そなたは本当に、私の『黒』が恐ろしくないのか? 誰もが、この色を不吉だと蔑み、怪物を見る目で私から逃げ出すというのに」
「何度だって言いますわ。ルシウス様の黒は、夜の空みたいに深くて、世界で一番綺麗です。それに……」
私は彼の胸に顔をうずめたまま、ふふ、と笑って彼を見上げた。
「私をこんなに強く抱きしめてくれるルシウス様を、怪物だなんて思うわけがありません。もしあなたが怪物なら、私は喜んで、その檻に囚われるお姫様になりますわ」
私の言葉に、ルシウス様は一瞬だけ息を呑み、それから愛おしさを湛えた、酷く妖艶な笑みを浮かべた。
「……そなたがそう言ったのだ。もう、逃げられないぞ」
彼は私の額、鼻先、そして最後に名残惜しそうにもう一度だけ唇へ、優しく愛を刻むようにキスを落とした。
「可愛いロクサーナ。婚約の約束は交わした。……明日、必ずそなたを迎えに行く。その時、どんなことがあっても、私から逃げないと誓ってくれ」
「ふふ、逃げるわけがありませんわ。私はルシウス様が良いのですから」
私はまだ、何も知らない。
明日、私を迎えにくる「ルシウス様」が、この国の絶対権力者であり、誰もが恐れる『黒の皇帝』その人であるということも。
そして、すでに実家の外堀が、完璧に埋め尽くされているということも――。
けれど、たとえ何が起きようとも、ヴァルハイトの女の恋は、もう誰にも止められないのだ。




