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鬼ノ目 六節・旧国、溺るる虚像  作者: 三Ⅲ三Ⅲ三
中篇・菊花開、霽月の徒路(全50話)
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六十八話 仕込み

『話しを……聴いていましたか?』

 口にした自分自身が誰よりも分かってしまった。押し殺せない焦りと苛立ちが、先の場でやり過ごしきれなかった、捨てきるがことが出来なかったモノが言葉に乗ってしまう。『弥代さん、貴女は……、貴女はいま自分が何を言ったか、その意味を、その本質を本当に理解出来ているのですか?』

 慌てて額を抑え、(かぶり)さえも振るう。『なぜ……、どうして私がこうまで頭を悩ませているのか分からない…………えぇ、(いえ)、そもそも(わたくし)があの場であの様な失態を仕出かしてしまった、それがいけなかったというのは重々承知の上で、その愚かしさを恥じながらも進言をしたのです。なのに……そうだというのに先の……いえ、今の貴女のその発言、は……』再度なにかしら言いたげな様子を見せる相手と自分の間に腕を差し出し、待つように壁を作り、『事の大きさをまるで貴女は理解していない。』予期していなかった、全く想像だにしていなかった言葉……そう、言葉、だ。『貴女の身を(あん)じた上での私は話したのです、だというのに貴女はっ、』まさかここに来て、どうして貴女がそのような発言をしたのかが分からない、と。相良が頭を働かせるよりも早くに(さき)んじて、思ったからこそ表に出てしまった続け(ざま)の失言としか思えない羅列に頭が、頭が痛くな、る。

 ()したほうがいい、と。早く口を閉ざすべきだと。そんな事は分かりきっていた。

 なのに、それなのにその時の相良の口から出てくる言葉はどれも。そのどれもが今にして思うと

 弥代なりの気遣いから出たであろう言葉を(はじ)く、その心持ちをどれも(ないがし)ろにするものばかり――で。

 しかし、一度口を突いて出てきてしまったものは歯止めを失った。弥代の左に並ぶように控えていた、春原が割って入って()、相良の肩を掴むその時までそれは続いてしまった。

 それ――が、それがどれぐらい。果たして自分がどれほどの言葉を弥代へと浴びせたのか、弥代へと投げ掛けてしまった後だったのかさえ、時間がいくら経っていたのかさえも、相良には分からず。

 以降、一言も発していなかったろう。口を開こうにも、開く余裕さえきっとなかったろう。薄開きの唇が小刻みに、なにも暴れでもしたわけでもないのに荒々しく肩を上下させてみせるそんな姿を、そんな姿をやっと、やっと相良は自身の視界に収め、そうし、て――

『離してよ。』

 振り払われる。

 掻い潜った覚えのない、春原に肩を掴まれたままの状態から動いた記憶はないというのに、伸ばした覚えすらもないというのに掴んだその裾、が

『手、離してよ。』

 そん、な。そんな顔を目にしたのは初めて、だ。

 否、違う。そんな筈がない、そんな筈がない。相良はこれまでも度々、度々それととてもよく似た表情を見せる弥代を見てきた筈、だ。

『弥代……さん?』

 (まず)い、と思った時にはそれは起きていた。

 その場で勢いよく立ち上がった弥代はそのまま、この場を離れようとするかのような素振りを見せ。だから相良もまた、今度はキチンとそのように動こうとしていると分かった上で慌てて立ち上がり、襖を開けて外に出ようとする弥代の、その肩を力強く掴――――み。

「…………。」

 (いま)だに熱を持つ頬を抑える。

 あの瞬間、自分はこの頃の癖であろう、目線を合わせようとして腰を屈めたのだろう。だからこそ、ただ並ぶだけでは届くはずのない顔へと、その拳を受けた。

 ただ、熱はあっても痛みはそれほどない。それももしかすると本来はないものなのかもしれない。熱を持っているのは頬などではなく、殴られたと思われる箇所に()えている、左手に相良は思えた。






 菊花開(きくのはなひらく)霽月(せいげつ)徒路(かちじ) 四十三話

※性暴力描写が含まれるため、全文の公開は控えております。

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