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鬼ノ目 六節・旧国、溺るる虚像  作者: 三Ⅲ三Ⅲ三
中篇・菊花開、霽月の徒路(全50話)
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六十七話 拒絶


 それまで(たも)たれていた筈の視界が大きく。大きくぐにゃりと(ゆが)み始めたのが一体いつの事であったかすら分からない。意識が途切れた、途切れてしまった覚えは一切なく。だというのに、いま自分が何処(どこ)にいて、いま居る場所そのものが何処なのかも分からないぐらい、続いて酷い不安に()られた。頼りない、どっちが上か、どっちが下であるのかも分からなくなっていく視界が続く。

 (いや)、それよりも。そんなものよりも体が震えるのは何故、か。がちがちと音を立てる()(どころ)は、その正体がはたして何処なのか。(さぐ)りたくとも、手を伸ばしたくてもどういう訳か、どうしてか腕が、今の自分には自由に、自分の思い通りに動かせる腕が一本もない。おかしなものだ、二本ある筈なのだからその一本ぐらい、片方ぐらい動かせたってなにも、なにも(ばち)は当たらない筈、なのに。

「おぅおぅ、泣き(じゃく)り始めやがったぞコイツ。そうそう、そういう方が可愛がってもらえんだから今の内から覚えられるモンはしっかり覚えておいた方がいいぞぉ?」

 目を瞑る。硬い、硬い場所にへ(ひたい)……を(こす)り、付け、て。

 どこ、か。何処でもいい、何処だって構わないから、保てる場所を探す。

 そうしたら、それが一つでも見つけることが出来ればそれで、それで弥代はまだどうにか()える、耐えてみせることが出来る筈だから、と自分にそう言い聞かせる。

 なんともない、何も、ありゃしない。こんなのは、こんなのは慣れているんだ、初めてではない。ここまで不安に駆られたのはこれが初めてではあるが、それでも知らないわけじゃない。知っている、こういうものだと分かっているんだ。珍しいことじゃない、自分の不注意が(まね)いた、気の緩みで正じてしまった結果。一々、一々こんな目に遭っただけで泣いていいわけがない。そう……だ。泣く暇があるのならもっと他に出来そうな、出来る事がある筈だ、と。

 腕が使い物にならないというのなら――

 感覚を辿る。どこまでが使えるのか、どこなら今この時に自分の体は動いてくれそうであるのかを弥代は(さぐ)った。そうして少ししてから足が動かせそうである事に気付いた。

 盲点、だった。先ほど――も。先は一纏めにされて持ち上げられていた覚えが薄らある。それから今の今まで、そんなに時間が経っている、経って、いるように、は思えなかった為、に。まだ、まだ足を自由に動かせ、動かせるとは弥代は微塵も思っていなかった。思いがけない発見だ。

 目を閉じたことで感覚が冴えてでもくれたのか。体は(いま)だに震えが止まることはなかったがそれでも、それでも動かせるものが自分にはあるのだと分かった途端、微かに不安が(やわ)らいだ。いつからか張り詰めていた心が軽く、息がほんの少しだけしやすくなった気に弥代はなった。

 立てはする、だろうか? 否、大丈夫、だ。だって昨日は、昨日は確かあの図体ばかりがデカい男に馬乗りになった際、自分の意思でしっかりと立ち上がることが出来た、距離を詰め、奪い返そうと動く事が出来ていたの、だから。

 突き飛ばす真似は難しくても振り払って、それで出来た隙にこの場を脱する、それだけを考えて動けばどうにか、どうにか逃げ出せる可能性に必死に(すが)る。

 そう、だ。これだけまだ、まだ頭が回るというのなら、考えることが出来るのならばそれは弱気になっていい、弱音を吐いていい理由にはならない。まだやれる、まだ自分は頑張れる筈なんだ、と。自分に対し強く、強く弥代は言い聞かせた。大丈夫―――だか、ら。

 こんな簡単に折れはしない。こんなもので折れていたのなら弥代はとっくの昔にもう歩みを止めていた筈だ。ここまで来れたのは、ここまで来ることが出来た自分が、やっと自分の手を取ってくれる相手を得られたというのにそれを易々(やすやす)と諦めるような真似が、そのような事が出来るはずが弥代に、は―――

「おやおや、これはいけませんねぇ?」

※性暴力描写が含まれるため、全文の公開は控えております。

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