六十九話 眩暈
弥代を捜さねばならない。
自分の中で一つ踏ん切りをつけ終えてからの相良は春原の手を借りる事もなく、滞ることもなく、速やかに立ち上がってみせた。
いつまでもこんな場所で、今この場にいない相手の最後に見た顔を、自分の軽率すぎる発言が全てを招いてしまった事実を認めているからこそ、思い出し悔やむばかりでは居られない。それに先ほど弥代と春原を相手に話した内容は、例え相良が予測出来うる限りの最悪の場合の話であったとしても、起こりうる恐れがあるからこそ立てられた話であり。摘める芽は取り除いておくに越したことはない。
春原の口から自分がどれぐらいの時間意識を失っていたのかの答えを求め、半刻も経ってはいないという返しを受けた事で今いる旅籠屋に至るまでの道のりを頭の中で辿る。
山城国で西条家に身を寄せていた短い時期に、賑わう町中で一人迷子になった経験があって以降は、出立から今日までの道中、弥代が見知らぬ道へと進んだり、相良や春原よりも無理に前に突き進むという事は、余程の事が起こらない限りはなくなっていた。
考えられるのは此処に至るまでの道中、それほど長く滞在をしているわけでもない宿場の広い通り。あったとしても少し脇道へ逸れた辺りではないだろうか、と予測を立てるも、播磨国の山中同様に、今この状況は余程の事に該当するのではないかという考えも持ち合わせる。感情的になり、それに振る回されるような行動を取る際の弥代は、自分自身を御しきれていないのは今も変わらない。
次に考えるべきは此方が二人いるものの、相手が春原である事だ。
榊扇の里から山城国までの道中は、自分と春原だけでなく弥代と。進行方向が同じであるといった背景から同行する事となった三ツ江絹がいた事で、なるべく春原を一人にさせる場面は避けながら、常に誰かしらと一緒に状況を作り出せていたからいいものの、見知らぬ土地でバラバラに行動をするのを避けるべきだ。
念の為、弥代がこの場所へと戻ってくる、あまり期待は出来ない可能性を考慮し、春原には此処に残ってもらっておく、というのも手ではあるが、先の弥代の状況を思い返してみてみれば相良だけで連れ戻せる自信というものはあまり浮かばない。
相良を制する為の行動に気を取らたまま初動が間に合わなかっただけで、それが無ければ春原は弥代をこの場に留めることに成功していた、弥代が部屋を出ていってしまうという事も起きなかったやもしれない。そんな、もしもを考えずにはいられない。気が弛んでしまえばあっという間に、当てつけがましく自分に纏わりつく後悔に呑まれてしまい、また直ぐにでも腰を折ってしまいそうになる。それだけは避けねばならない。
「行きましょう、春原さん。」
「分かった。」
春原が協力的な姿勢を見せる、それがなによりもの救いだ。
しかし、そんな救いを得はしたものの、それより一刻ほど時間が経とうとも、徐々に西の空へと傾き始めていた陽がすっかり夕陽へと化し、町中を赤く照らす頃合いになろうとも二人が弥代を見つけ出すことは出来なかった。
菊花開、霽月の徒路 四十四話
※性暴力描写が含まれるため、全文の公開は控えております。




