六十二話 威勢
そういった事を見ず知らずの他人にされた事がないのだ。分かりやすく単純だ。まぁ、あまりにも扱い易いと思わず心配になってしまう事も暫々、無くはないのだが。
相手が此方の胸ぐらを掴み、振り慣れてなんかいやしない、受けたところで大して痛くも痒くもありゃしない拳を受ければ、それが合図となる。
此方も振るい返す、理由が生まれる。
見ず知らずの他人に向かって拳を振るえる、最強の言い訳を手に入れる事が出来るのだから、だから与市はそれが止められた試しがない。
態とらしく喚き立てでもすれば、勿論余計に、だ。近所の店の連中に嫌な顔をされたってお構いなしだ。
棚が壊れてしまったなり、椅子が使い物にならなくなった。予備のない、店先に掲げる暖簾が泥んこ塗れになってしまっただの、どうしてくれるんだ、なんて文句を幾ら言われた処で、怒り損だろうにと斜に構えて飄々とやり過ごすのが常である。
だって仕方がないだろう、金だけなら五万とあるのだ。
十数年前にほんの気紛れで拾ってやった連中の中に、金勘定の仕方を教えてやった与市よりもずっと賢い奴が紛れ込んでいた。
質で売り捌けた金で、子どもが八人で棲むだけにしてはそこそこ立派な家を買うも、しかし長く同じ場所に居着く習慣があまりなく、家へと帰る頻度も少なかった与市は年長者である自分に代わり、最年少であった寛吉に金の管理を任せることとした。
それで、ほんの一月ほど家を留守にして帰ってみれば、食べ盛りな七人分は蓄えが減っているものと思っていたものが、どういうわけか増えていたのだ。
自分が外でどれだけ好き勝手呑んで食ってとしても、一向に減る兆しを見せてくれずに早……、早十二年が経つ。
弁償だなんだと騒がれたとしても払えるモノがあるのだからどうとでもなってしまう。終いにはここいら一帯じゃそこそこ名も顔も知れた存在と今や与市はなってしまっているのだから、本当に人生というのは何が起こるか読めたものじゃない。
思いがけず楽が出来る分には恵まれてしまっている。
「そういや堤のおやっさんが兄貴に頼みたい事があるとかなんとかって言ってやしたよ。」
家の中でも図体ばかりが矢鱈とデカく育ってしまったものだから女に怯えられるばかりで、惚れた腫れただのに無縁な丸刈り頭の晋助が、ふとした拍子にとんでもない発言をかましてくるものだから与市は慌てふためかずには居られなかった。思わず、火を付けて咥えたばかりの煙管をそのまま丸ごと、受け止めることも出来ずに地面に落としてしまう始末だ。
「バカ野郎、晋助オメェッ⁉︎
その口振りは昨日今日のモンじゃねぇだろぉ!」
「へ、へぇっすいやせん……三日前、家におさっやんが立ち寄られた時ですねぇ……」
「おめぇさんはよぉぉ⁉︎」
危なかった、なんて言葉は出てこない。よりによって堤の親父だ、と与市は焦ってしまった。
ここ数年は商売をする拠点を変えてしまったからか、姿を直接拝むことのなくなった相手ではあるが、昔世話になった相手である事は違いない。
阿呆ぉ、なんて口にしつつ、自分よりも上背のある弟分が自ら屈んで差し出してくる頭を一つ叩くも、しかし堤の親父に自分が世話になってた頃は未だ弟分達は世渡りのなにも知らぬ者が大半であり。出ずっぱりの多かったのに連れ歩くなんて事はしなかったものだから、与市が世話になったと一方的に言いはしても、それがどの程度であるかは彼等は知らなかったのだろう、と思い至る。
ともなれば今この時、頭を叩いたりといった行為は多少筋違いになってしまいそうだとも気付くのだが、まぁ、仕出かしてしまったものを今更なかった事になどは出来っこない。
であるものだから謝罪の言葉なんてモノは浮かぶわけもなく。日課のような品定めを疎かにすることで与市は自分に用があるという恩人が世話になっている宿を探すこととなったのだった。
全文には性的暴行描写が含まれるため、
以下pixivでのマイピク限定公開となります。
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