三十三話 逢坂関
昔からどうにも泳ぐという行為が隆棋は苦手な部類であった。そも、水に潜るという行為事態が好ましくなかった。
自分とそれほど歳の変わらぬ子等が、裾を目一杯たくし上げて、それでひんやり冷たい水に足を浸す。加わることなく、遠目に見遣ることでずっと避けてきた。
他の事柄であればいくらでも頭を働かせて言葉に置き換えて、返すことに苦をしたことがないというのに、事水に関してのみはこれぽっちも頭が働かなくなってしまう程だ。
そのため隆棋としては、数えで七つを迎え間もなく、伊賀国にある崇広堂へと身を寄せることが出来た、親元を――延いては生まれが違うというのに歳が近いという理由で関わることを強要されていた子等から離れる事が叶ったそれは、大変有り難いことであったのだ。
しかし無動寺坂道を下る道すがら、下方から聞こえてくる随分と楽しげな会話が耳に届き、長年目を逸らしていた事柄に意識が向いてしまった。
命を取られることなく無事に帰ってきてくれればそれで、などと言われ実家から送り出されたものの、入山し二月も経たぬ内に暇を言い渡されてしまった自身は、家族に快く受け入れられてはもらえようとも、歳の近かった彼等にはどうであろうか、などと些細な事に考えが至ってしまったのだ。
そう、である。
思えばこの辺り、大津宿より北上した琵琶湖の畔で遊ぶことが多かったというのは、なにも隆棋は一人で遊んでいたわけではない。
桟橋に腰を下ろし手作りの釣り竿で魚を釣りあげようとする、大人の釣りを真似る者もいれば、浅瀬ではないため滑り落ちることだけはないようにと、度胸試しに足を伸ばして爪先を水面にちょんっと付けるなんて遊びをする子等もいる、それを隆棋は遠目に見てばかりいたと、そういう事だ。
けれども、一度水辺を離れ背後に聳え立つ山の方に目をくれればそれで、歳の割に多くを知っているものだから披露する知識が多く、それに目を輝かせる、関心を抱く子等も決して少なかったということはないのだが、それ、でも。
(割り入ることが、果たして許されるのだろうか。)
子等は皆、稲葉家に縁のある――大半は仕える立場にある家々の生まれであった。歳が近いといっても、隆棋よりも二、三は上の子もいれば、当時数えで七つの身であった自分の半分もまだ生まれてから経っていない子もいた。
子が親の仕事を継ぐのは当たり前のことだ。
山城国に君臨する現人神に御仕えする、伺候する許しを得られる機会を得たが為、その御役目の為とはいえ十年間もの間ろくに帰ることもなく、顔を見せたとのも二月前の一度きりである、それがいつの日か主君として自分達が仕えねばならぬとしても、自分がそうであるのと同じ年月を生きた彼等が快く受け入れてくれるとはどうしても隆棋は思えなかったのだ。
結果だけを見るのなら年季を明かしたわけでもない、御役目を全う出来たというわけでもない、ただ親が仕えている家の一人息子が暇を言い渡されてのこのこと帰ってきたという事になる。どの面を下げて、といった話だ。
自分がされる立場になれば相手の境遇にまで目を向ける余裕はきっとないだろうから、そんな風にたとえ扱われたとしても恨むような事はあってならぬのだが、けれども、臆病風にでも急に吹かれたように足が、竦んでしまった。
言葉へと起こすのに苦労した試しがこれまであまりなかったが故かは分からないが、分かりすぎてしまうというのも中々に酷なものだ。自分と同い年ぐらいの十七、八そこいらの者が、いくら大人とはいえこうまで考えれることが出来るか?の答えは否の方が圧倒的に多いだろう。否、なにも馬鹿にしているわけではない。ただ、知る機会にそれほど恵まれて育った者がそれほど多くはないだろうという、事実にしか過ぎず。十分すぎるほど苦労を知ることなく育った立場であるというのに、機会に恵まれすぎて育った自身を、ほんの少しだけ隆棋は恨んでしまい、それらを全て引っくるめて嫌悪感を抱かずにやり過ごすことは出来なかった。
が、とは言ってもいつまでもこんな場所に居続けるわけにはいかない。
山の麓にある琵琶湖の湖面のおかげで明るい分、足元が見え辛く不安だという懸念はいくらか拭うとは出来てはいるが、それでも空を覆い隠さんばかりの木々が鬱蒼と生い茂る道が続けば再び見え隠れするだろうものに違いない。
それを考えるのならいっその事、いくらか急ではあるが斜面の方を滑り降りてしまうのも手であるかもしれないが、止まれるような丁度いい場所は見渡す限りどこにも無い。無謀にも程があるだろう。
(やっぱり無難を選ぶの良いに決まってる……よな。)
足が竦んで以降、足取りも一気に重たいものになってしまう。ただ足が竦むのとは訳が違う。なんなら肩も重い気すらしてくる。
(意成様はあの様に言ってくださりはしたけど、でも……)
現人神の側用心である伏原意成の言葉があったからこそ隆棋はここまで下山することが出来たのだ。それが、中腹どころか麓まで目と鼻の先とまでは行かずとも、目を凝らせば湖の畔で先ほどからずっとはしゃいでいる者が二人しかいないという事にも気づけるぐらいの、距離で。
(あぁ、僕にも)
留める。それは、今は違う、と。羨む気持ちに蓋をし、滞っていた足取りを再開しなくては、と背を伸ばす。いくら親類であろうともあまり夜遅く、寝静まった頃に泊めてほしいなどと旅籠屋とはいえども戸を叩くような事はしたくない。
宿を求める客がいれば夜は遅くまで暖簾を下ろすようなことは出来ず、朝は客人の飯炊きに早く起きねばならぬのが旅籠というものだ。朝晩の当番があり休む時間は確保出来ているにしても、遅すぎる訪問は誰しも気持ちのいいものではない筈だ。
だから隆棋は一刻も早く山を下ろうと、麓が見えるぐらいまで来てしまえば尚更、あとは何の問題もないと下山に専念しようとしたというのに、先刻意成から渡された金子が運悪く懐から零れ落ちてしまった。勿論それを隆棋は拾おうとし身を屈めたのだが、拾い上げようとした最中、手のひらを二度三度するりと逃げ出すような動きを見せた金子に意識が奪われ、やっと掴めたと思った時には彼の片足は、もう―――
止まりたくても止まれない、なんて状況に陥ったのは生まれて初めての事であった。転がってしまわぬように、と体勢が今以上に拙い状況になってしまわぬように、頭の理解を置いてけぼりにして、無意識の内に体が動いたのだと思われる。
留まれそうな場所が一つもない、それでも麓まで掛かる時間を考えればきっと山道を進むよりはいくらか短縮出来そうではあるが道なんて呼べる代物でなかったのもあり、無難な方を進もうと決めた矢先の出来事であったもので、今自身が置かれている状況を彼が理解するのにそこそこの時間掛かりはした。が、理解が及んだとしてもそれを自分の意志で止めることはとても難しい、到底無理な相談でしかなかったのだ。
そして彼の、急斜面で転んでしまわぬように足を交互に前に差し出すしか出来ない視界には、つい先ほど拓けた場所から見下ろし、姿を捉えられた二人の人影が一瞬だけ映り込み、次の瞬間には細い小枝が密集する茂みに吸い込まれ至る処に引っ掻き傷のようなものが出来、やっとそれからも解放されたと思った時にはもう、もっと離れていると思っていた距離は一気に狭まっていて、そうしてその内の片方に勢いを殺し切れるわけもなく衝突し桟橋から共々、夜半で静まりかえった湖畔に派手な水飛沫を立てることとなった。
薪を焚べて温められた湯とはまるで違う、体の芯にまで急激に届くような、肌を刺されでもしたかのような冷たいだけの水は特に好きではない隆棋は、突然襲いかかってくる衝撃に声を上げることすら儘ならなかった。本当に、運がない。良かれと思ってやった事がいくら多くたって、それをよくやったといくら褒められたってその積み重ねよりも、一度の叱りが記憶に残るのと同じに、隆棋は昨日今日の自らの行いを事細かに振り返っては、何故どうして自分が暇を出されることとなってしまったのかを、その理由を、心当たりを探ろうとしたがどれだけ思い返しても見つかりっこなかった。でも、けどそれはきっと、きっとこれからもずっと、生きている限り、魚の骨が喉に一度突っ掛かってしまい、その感覚が中々忘れることが出来ずに、違和感を覚える度にもしやまた、なんて思い出してしまうのと似たようにずっと、ずっと残り続ける、思い出さぬ日は訪れないのではないか、という考えすら抱きかけた程だ。
歳の割に細やかな気配りが出来ると、親族に限らずこれまで関わってきた多くの相手からお前のそれはいつか芽吹く日が来るだろうなどと言葉を送られてきたが、ただ気にしいにも程があるというだけの自分は間違いなくそれに後めたさを感じずにはいられないだろう。自分以上自分を理解出来る相手など居るわけがない、だからそうだと、断言が出来てしまう。
水中から逃れようと、沈んでしまわぬようにと水面を掻く腕は、二度三度同じ動きを繰り返すことすら、回数を重ねる度に服が水を吸い重さを増してゆく。脱ぎ、身を軽くせねばならないかもしれないと考えが至った時にはもう、腕は持ち上げるのすら、浮かすのすら叶わない程までにただただ重く。顔に張り付いた髪が、視界の邪魔ばかりをする。更にその場で浮き沈みする体に合わせて揺れる水面が、防ぎようもなく咥内に滑り込んできて、飲み込めるわけもなく息吐くことすら許してはくれない状況に隆棋は一方的に襲われることしか出来なかったそうだ。
「――ですが、そのような状況にあった僕を助けてくれたのが、弥代様という御方なのです。」
叔父夫婦を前に、隆棋はそんな言葉を溢した。
両手は休むことを知らない。昔から男のくせして細やかなことを苦に感じない、得意か不得意かでいえば前者であった隆棋は手元に目をやらずとも、慣れた手付きで朝餉の仕込みを進めていた。
昨晩、といっても二刻程しか経ってはいないが今の彼にとってはそれだけで十二分過ぎた。
自分をあのような状況から助けてくれた、自分だって泳げるわけでもないというのに溺れ掛けていたというのに自分よりも危ない様子だった隆棋のために必死になって水を掻き分けて近寄ってきてくれて、そうして此方を安心させるように体を寄せてくれた心優しきあの御方に、どれだけ細やかであったとしても恩を返してさし上げたい。あの御方の為になることをどんな些細な事であろうとも尽くしてさし上げたい。
叔父夫婦が用意してくれた部屋で床につく前よりも前、水に浸かり冷え切った体をわざわざ夜遅く温め直してくれた湯で十分すぎるぐらい温め直し終えた後、礼にと用意された席に弥代が姿を見せなかった、疲れていたようでもう先に寝入ってしまったと連れの男が口を開いた辺りから隆棋は胸の内に決めていたのだ。
もしや昨晩の諸々は、これまでの十七年間の自身の積み重ねはあの御方にお会いする為にあったのではないか、と思えてならないほどだった。
「大丈夫かい隆棋は? あんなとち狂ったようなことを口走るような子だったかい?」
「きっと頭でも強く打っちまっただろうよ、暫くそっとしておやりよ。」
昨晩突然舞い込んできた騒動により殆んど寝ずに晩を明かす羽目となった隆棋の叔父にあたる夫婦、婿養子の茂三と、宮川の花街で育ったもので男女の色恋に限らず明るい女房のつねがそんな会話をしていたなど、当の本人が知る由もなく。
朝餉の米炊きなどは特に、下働きの飯炊きに任せているから必要はないと言ったのだが、親戚とはいえども一宿一飯を返したいなどと、目を爛々と輝かせて言い張るものだから、これ以上は無粋だと叔父夫婦は口を閉ざすことにせざるをえなかった。
……滑稽な話だ。
菊花開、霽月の徒路 八話
ここ最近は特にそんな悪態を吐く頻度も減ったもので、少しは素直になりつつある、悪態をわざわざ吐く必要性がないぐらいにまで落ち着きつつあるのではないか、と思った矢先のことであった為。また、あまりにもその口振りが酷く、久しぶりに耳にしたのがかなり度を越しているように感じてしまったものだからか、反射的に相良は手が出てしまった。といっても、初撃は自分ではない。相良は二番手であり、一番手は言わずもがな弥代の悪態を向けられたその矛先の三ツ江絹であった。
同じ“色持ち”で、人ならざる身でありながら人となんら変わらぬ姿形を見せる、女同士ということもあって掛川宿での一件以来は何かと距離を縮め、歳の近い親しげな友のような関係を見せつつ二人はあった。
榊扇の里にいた頃も頻繁に、芳賀が遠目ながらも扇堂家の孫娘である扇堂雪那を相手に悪態を吐く弥代を街中で見掛けたなど口にしていたので、それを踏まえるならば弥代からすれば悪態を吐くという行為そのものは一種の、親しい間柄の者にのみ出てくる方言のようなものに近いものだったのだろう。
それに悪態は悪態であっても、言うほど攻撃的なもや悪意の込められたものではなく、ちょっと舌が調子よく動いてしまったから勢いのままに出てしまったぐらいの内容ではあり。口にした当人も口走った直後には自分の発言がどういった意味を相手に抱かせかねないと瞬時に理解したような反応を見せていたもので、既に言われた本人の手によって叩かれた臀部を叩いてやる必要なんてこれぽっちも本当はなかったのだが、まぁ出かけた手をいきなり止めるというのも無理な話というものだ。
今後二度とあのような発言は控えるように、注意をすればそれですんなりと聞き入れることが出来つつあるのだから、それ以上触れるのは良くない。聞き分けが悪いというわけではないのだから。
それよりも今、相良が一番――否、二番目ぐらいに懸念しているのは朝からなにかと弥代の身の回りの世話を続けている、先も相良の言葉を遮るように口を挟んできた、稲葉氏の子息・稲葉隆棋の存在だ。
昨日までなんと山城国に棲まう者にとってこれ以上名誉なことはないとされる、山城国が崇め奉る現人神に御仕えしていた身の上である。
稲葉氏の生まれというのも大変気掛かりであるのは勿論そうなのだが、真偽かどうかまで相良は直接目にしたわけではない為に確信はないのだが、祖父より古く聞かされた山城国に君臨するという現人神は人の姿をしている、弥代と同じ人ならざる存在――“鬼”であると教えられ
「見えてまいりましたよ相良殿!」
まだ聞き慣れぬ相手に急に名前を呼ばれたことで沈みかけていた思考が一気に浮上する。
定員というわけではない、まだ乗ろうと思えば乗ることが出来る余裕はあるが、自分が厚意に甘え乗ったこと旅の足として大切な馬への負担が掛かってしまうのは申し訳ないからと断りを入れていた、疑心を抱くに値しないほど純情無垢な青年に目を向ける。
日に程よく焼かれた肌は健康そのもの。汗を掻こうとも手の甲で拭いなどせず、懐から出した手拭いで軽く肌を抑えるに留めてみせる挙措一つ一つに育ちの良さを感じずにはいられない。
彼の言葉を皮切りに、進行方向へと目をくれれ鈴鹿峠と比べると随分となだらかではあったが、それでも峠と名がつくだけある立派な逢坂峠――京の都の玄関口ともされる逢坂関が見えてきた。
弥代がこれまで通ったことのある関所でまともに覚えているものは先月――七月の頭に駿河国より相模国に戻る道中、桜を連れての箱根関ぐらいだ。
此度の道中、二日目は朝から箱根の手前の旅籠屋で相良の言葉を受け散々な状況であったが為に、駿河の帰りとは逆に、箱根関を通過する際はただ促されるがままの移動でしかなかったためにやはり記憶にない……覚えが殆んどない。
それでも何となく、同じ関所などと呼ばれるだけあるのか見たことがあるような造りをしているような、ぼんやりと距離は未だあるのだが遠目に見つつそんな事を考え、て。
「…………。」
「……。」
「あの……何か用?」
「いいえ、私の方から弥代様に用などと。どうぞお気になさらないでくださいませ!」
「……ぁ、そう。」
チラリ、左手を見れば先ほど荷台の御者台で隣に座っていたのとは別の相手がいた。どういう経緯でこうなったのかイマイチ弥代は理解していないが、稲葉隆棋などと名乗る、どこぞの抑揚の強い白髪頭みたいな“色持ち”の中でも特に珍しいと言われる黄色い瞳をした、絹より上背のある青年だ。
男のくせしてやたらと手入れの行き届いているであろう髪を一つ、後ろの高い位置で女みたいに結いている、身近な存在であると扇堂雪那なんかよりも随分と品のある、育ちが良さそうに弥代には見えた。
そう見えてくると、育ちのいい奴というのは総じて髪であったり、弥代がこれまで気にしたこともないような部分だったりへに手間が行き届いているような気がして、ついついいつも寝起きに適当に後ろで縛るばかりの髪に手が伸びてしまう。
(髪……かぁ。)
気にしたこともなかったが、多分気にした方がいい点なのかもしれない。身なりなどそれほど気にしたことがない、関心がなかった弥代ではあるが、いつも寝起きに髪を後ろで一つ結びにするのは、あの老夫婦が弥代の髪にその色がとても映えていて似合うなんて言ってくれたのが、あるから……で(否、本当にそうだっただろうか?)
「…………、」
髪結紐はもうずっと使っているものだから結構ボロボロになってしまっている、というのにそれでも手放すことが出来ずにいるのも、何故かと訊ねられるとそれは、
(……あれ?)
なんでだっけ?弥代がそう思った矢先、つま先が何かに当たった、気がした。
何かと、足元に目を遣ろうとした。何かに躓いたにしては感覚が変、だ。目を凝らすまでもないと距離だというのに、関所のおかげで出来た大きな影の中で足元を見ようとするのは中々至難の業のように思えて、少し前のめりになるように頭を下げる――と、
ゴツン、と何かが頭にぶつかった。
「………え?」




