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鬼ノ目 六節・旧国、溺るる虚像  作者: 三Ⅲ三Ⅲ三
中篇・菊花開、霽月の徒路(全50話)
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二十七話 道すがら

 三河国(みかわのくに)は五十三の宿場町の中でも随一とされる宮宿(みやしゅく)の船着場より乗船をし、七里(しちり)の渡しで知られる海路で伊勢国(いせのくに)桑名宿(くわなしゅく)に、多少見込みよりも遅れた到着となったものの無事に海を渡ることが出来た弥代ら一行。

 前日の晩に小休止を幾らか挟みはしたものの、日中より立て続けに、岡崎宿(おかざきしゅく)池鯉鮒宿(ちりゅうしゅく)鳴海宿(なるみしゅく)宮宿(みやしゅく)(すべ)て足せば八里近い距離を走らされ続けた左吉(さきち)右吉(ゆうきち)は船で夜半に休めなかった分を補えただろうが、それでもまだ夕暮れ時に無理に走らせるのはどれだけ走るのが好きとはいえ可哀想だと絹が言うものだから桑名宿で一晩を明かすこととなったわけなのだが――、

「お金が足りませんっ‼︎」

 弥代は返す言葉がまるで思い浮かばず、顔を(しか)めてしまった。




 昨日も船上でそんな事を言っていたなぁ、と思い返すのと同時に、相良は昨日以前からいつかはこうなるだろうと分かっていた、と。そんな事を口走っていたのを思い出す。

 日を改めて再び聞くこととなる、嘆き混じりの弱音は昨日なんかよりも一層悲壮感が色濃く(ただよ)っているように聴こえるのはきっと気のせいではない。

 昨晩もまたこれまで同様、宮宿(みやしゅく)旅籠(はたご)で同じ部屋で寝ることとなったが、いくらか弥代は声を掛けてみたのだがうんともすんともは言い過ぎかもしれないがろくな返答が返ってくることはなかった。

 湯も浴びぬまま日中の恰好のまま布団に包まり聞き取れぬぐらいの小声でブツブツと口としていた姿など付き合いは浅いが見たことのない姿で、刺激をあまり与えては却って良くないのかもしれないと、それ以降は掛ける言葉を控えていたのだが、まさかこんな事になるとは、と頭を抱える。

 弥代はいま膝立ちになった絹の手によって、羽織の(すそ)を左右どっちも力強く掴まれている状態だ。普段膝裏に当たる感覚のない羽織の内側が袴と股引き越しにはなるが密接しているような状態だ。

 どうにか踏ん張って立っているからこれ以上前に出ることはないだろうが、ちょっとでも気を(ゆる)めたら一歩でも前に出て、悲壮感の主な原因になっている涙――あるいは汗か鼻水(否、全てだろう)を高さからして帯に受けかねない。それだけは絶対に回避せねばならない、なんとしても。

(いや……、俺に縋られても俺じゃ何も出来ねぇよ。)

 こういった時、何かしら一言でもいいから気の利いた言葉を投げ掛けることが出来るのならそれに越したことはないのだが、嘘でもなんでもなんく掛ける言葉が浮かばない。

 そもそもの話、弥代はそれほど絹と(した)しいと呼べる間柄ではないし、彼女について知っていることなんてとても限られていて、知らないことの方が明らかに多い。そんなものだからそんなにポンポン言葉が浮かぶはずがないといえばそうなのだが、今は如何(いかん)せんそうも言ってられない状況だ。今の状態を少しでも打破しなくてはならない。

(でも……、)

 ただやはり、弥代一人にはどうしたって無理があった。






 扇堂家より此度の旅路の支度金(したくきん)として(あらかじ)め渡された額がそれほど多くなかったのが(まさ)にそうであるが、元来商人は余程のことがない限り大金を持ち歩くことはしない。

 買い付けや交易の道中に賊や夜盗に襲われでもしたら一度の損失が馬鹿にならないからだ。命さえ助かっていれば後はどうとでも取り返しようがあるなどというのはその場凌ぎの方便に過ぎず、以降は神に味方をしてもらえず路頭(ろとう)を彷徨うなどというのは聞かぬ話ではない。

 再三にはなるが、昨日(さくじつ)の絹とのやりとりで触れられた金銭面の話だと、弥代を始めとした相良、春原の三人の懐事情は、今は(けっ)して余裕(ゆとり)がある状態とはいえないが、しかしそれもこの先――山城国(やましろのくに)は三条大橋まで辿り着いてしまえば解消されるのだ。

 事前に、三条大橋の近隣に扇堂家と(ゆかり)のある家があるとは里を出る前に聞かされていた。ただ、山城国(やましろのくに)より西へ行けば行くほど、扇堂家の名はそれほど轟いていない、威光は届かぬため最後の中継地となる。(それ以降は両替商から発行された預手形(あずかりてがた)でどうにか間に合わせる手筈となっている)

 ただし、山城国(やましろのくに)以降の旅路に関しては両替商を利用し、預手形(あずかりてがた)でどうにか凌ぐこととなるが、それも一体いつまで保つか、といった問題は出てくる。その為、今の持ち合わせを極力減らさぬ方向性で相良はいたかったのだが、昨日の絹の船酔いを和らげる為に買った水が一杯で五文(ごもん)、今後も弥代には必要となるだろうと投資に矢立(やたて)に支払ったのが、水の分もあるからといくらか融通を利かせてもらい両方で四十五文。

 最初に扇堂家から渡された百緡(ひゃくざし)は一本のみであったもので、昨日の分だけで半分近い額がなくなっている状態だ。

「――それで、絹さん。

 お金が足りないというのは、具体的にどれほどなのでしょうか?」

 ややきつめの(まなじり)が先の窪みに引っ張られてキュッと(すぼ)まっている(さま)は、悪事を働いてこれから親に(しか)られるのが分かっていて(おび)えている幼子(おさなご)のようではないか。二度と悪事なんて働いてほしくないものだが、一度言われて聞き分けよく二度目をしない子の方が珍しい。子どもというものはそういうものだ。

 箱根で世話になった旅籠(はたご)と比べて質素な部屋である。それでも六畳の部屋に隙間なく布団を四組も敷いて横になるのはと絹が渋った結果、昨晩もこれまで同様にわざわざ二部屋分を支払ったのだという絹の表情は随分と落ち込んで見える。

 出会ってからそろそろ十日程度になる相良ではあるが、これまでこんなにも分かりやすく落ち込んだ、曇った表情を目にするのはこれが初めてだ。

 キツくしっかり言わねば学べることも学べぬのではないか、とそんな気概を構えつつ相良は絹へと返答を(うなが)す言葉を送る。昨日(さくじつ)あんな言い合いをした相手に対し素直に包み隠さず白状せねばならないのはさぞ悔しいことだろう。送られた言葉を皮切りに(たちま)柳眉(りゅうび)を逆立ててみせた。

「そ……っ、いえ、それほど……言うほど、では……?」

「声が震えております、嘘は()しなさい。」

 この後に(およ)んで眉間に皺を刻み嘘を口にするなんて反省の色がまるで見えない。(いや)、反省を知らないのやもしれない。付き合いはまだ短い方ではあるものの、この十日程で相良はまともに絹が人に何かを特別謝るという姿を目にしていない。

 初日の本来進むべきであった道から大きく逸れてしまい、後戻りが出来ない状況に陥ってしまった際には慌てふためき謝罪を述べながら後ろをついてくるといった場面はあったものの、翌日にある程度の(あら)ましであったり、ここに至るまでの経緯をいくらか掻い摘んで説明すればそれ以降、ろくに謝られた記憶すらない。

 言葉は軽く、気持ちがまるで(こも)っていない。

 この世に生を受けて十年に満たるか程度の、見た目が偶々歳の頃が十七、八ほどの人の形を(かたど)っているものだからそれに引っ張られ勘違いしてしまいそうになるが、そうではないことを相良は既に嫌というほど知っている。

 彼女(これ)は十やそこいらの聞く耳を持たない、自分の我が儘でどうにか強引に押し通そうとすることがある子どもと一緒である、と。

 そのくせにそこそこ口が達者で、名のある商人の元でその手腕を一年ほど見て盗んできた、度量(どりょう)もそこそこに()ね揃えているものだからとても厄介だ。なのでこの絶好の綻び(機会)を相良はなにがあっても(のが)してやるものかと意気込(いきご)む。

 何より、今身近にいる(彼女)のその悪い態度を弥代が見て覚えなくていいことを、()らぬ余計なことを覚えてしまっては厄介だ。

大方(おおかた)大井川(おおいがわ)を渡るにあたり多く持っていかれたのでしょう。

 (わたくし)もそれほど知識がある、其方(そちら)に関して明るいということはございませんが、宿代や食事代を含んだ上で、川札二十九枚……と(おっしゃ)っておりましたね。馬二頭に人が四人として、確かに耳にしたことのある枚数と比べれば少なく済んでいるとは思います。

 ですが、川札一枚の相場などというものは大井川(おおいがわ)ほどの深さも距離もある川ともなりますと、運ぶにあたっての労力であったり、川を渡る上での危険性に(おう)じ、日によって水面がどの程度まであるかで変動が大きくなると聞いたこともございます。

 一枚あたりの価格が、翌日に跳ね上がり足が出た分を追加で支払われでもされたのではありませんか?」

 幼少の頃、祖父に手を引かれ島国本土の方々へと子どもの足ながら歩きまわされた相良の記憶にも、五街道の中で一番多く歩かされたのは海沿いに辿る東海道(とうかいどう)ではなく、山道がそれなりにある中山道(なかせんどう)であった。

 それは、五街道の中でも(もっと)も往来が多かったとされる東海道には相模国(いずのくに)伊豆国(いずのくに)の国境に位置する箱根宿(はこねしゅく)にあったのと同じ、関所が新居宿(あらいしゅく)にも(もう)けられており、江戸の頃の名残りかやはり東海道(とうかいどう)の取締りそのものが厳しかったことも要因の一つであろう。

 山道がありそこそこ険しい道なりが続く中山道(なかせんどう)はしかしその(ぶん)旅籠(はたご)の相場も東海道より幾分か安いのだ。また、東海道(とうかいどう)とは違い海に繋がる大きな川というものが少なく、わざわざ川越人足(かわごえにんそく)の手を借りずとも、橋や上流あるいは下流へ迂回(うかい)し、川幅の狭い場所から対岸へ渡ったりることも出来た。

 その為、中山道(なかせんどう)は庶民の利用が多かったそうだ。

 京より()たる際は中山道(なかせんどう)を利用したのを、わざわざ馬の気分を優先し違う道を選ぶ。(あきな)いを教えてくれた師と共に武蔵国(むさしのくに)を訪れた昨年に利用したのも、此度()る際に使ったのと同じ中山道。昨日の宮宿(みやしゅく)より船に乗る際の、「船に乗れる機会は少ないから私もこの機に乗るのが楽しみです!」という発言。

 それらだけでも十分すぎるぐらい、答えは出ている。

「絹さん貴女(あなた)東海道(この街道)を使われるのは初めてだったのですね?」

 (いや)、今更わざわざ並べるまでもなく分かりきっていた事だろう。



 原因は間違いなく自分にもあるという事を弥代は分かっていた。がしかし、相良によって()められている絹を尻目に、口出しを出来ずにいた。仮にもし、ここで俺が……などと入り込んだとして、余計に相良の手によって絹が置かれている状況が悪化するのは目に見えているからだ。

 何故なら弥代はこの数日間、といっても鳴海宿を出立する前なので二日ほど、となるんだろうが、その(かん)に宿場町に立ち寄る(たび)に、何かしら絹が露店に並んでいる食べ物に興味はないか?と話を振られる都度(つど)その誘いを断ることなく(あま)んじて((いや)、嬉々として……)受け入れていたからだ。勿論相良の目を(ぬす)んで、だ。

 大人の目が届かない場所でひそひそとなんだかイケない遊びをしているみたいで、見つかったら何か言われてしまうんじゃないかと肝を冷やしながらも、それでも差し出された饅頭やら串団子なりを口いっぱいに頬張(ほおば)ればそれで、こんなにも美味いモンを味わえるのならちょっとぐらい(しか)られても、いい思いをしたのに割に合ってるんじゃないか、と。そう、少しでも思えて、しまって。

「弥代さん、此方に来なさい?」

 どうやら弥代は売られた。






 菊花開(きくのはなひらく)霽月(せいげつ)徒路(かちじ) 二話






 冬の旅路の際、館林(たてばやし)が背負っていた大きな葛篭(つづら)のようなものが此度(こたび)の旅路にはない。

 寒い時節にはどうしても暖を取る為の道具であったり、確保が難しい場合のいざという時に必要となる食糧(しょくりょう)であったりを用意しておかねばならなかったが、冬の反対に位置する夏がまだ終わりを迎えたばかりの時節という事もあり、客足が途絶える時期ではないものだからそれほど荷を用意する必要性もないのだと、相良は話した。

「ですが時折、荷は少なくとも済むものですが予期せぬ事態というのは起こりうるものです。

 たとえば道中運悪く、紙入れそのものを紛失、あるいは悪意のある方に盗まれてしまったり。

 たとえば怪我をしてしまい満足に動けずに見込みよりも日数が大幅に掛かってしまい、宿で安静にしなくてはならなくなったり。

 たとえば浮かれて金を使いすぎ路銀が底を()いてしまうようなことがあったり……。

 ――――まぁ、三つ目はよっぽど頭の悪い方でなくては起こり得ない事態でしょうが。」

 弥代の刀だけでなく春原の刀も一緒に風呂敷に包み、道中ずっと背負っていた相良がそれを()ろした。

 昨晩桑名宿で利用した質素な旅籠屋(はたごや)を出て直ぐの店の前の事である。

 店の方には許可をもらっている、と言う相良の手つきは中々に手慣れたもので。大判の風呂敷であるとは分かっていたもののいざ広げられると人が四人ぐらいであれば詰めて敷物代わりにして腰を落ち着かせることが出来そうなぐらい大きさがあり、中には更に幅の長い箱がいくつか納められており、その中から細長い棒状の、石と(おぼ)しきモノをいくつか取り出してみせた。

「……何すんの、それで?」

「小遣い稼ぎ、です。」

「小遣い、稼ぎ?」

 普段正座を、姿勢を(ただ)している事が多い相良が、やや姿勢を前へと倒す。と、また違う箱を手元に目もくれずに取り、同じように蓋を開けて中に入っていただろうモノをいくらか取りだした。

 木材、だろうか?木目に見える何重にもなった輪のような模様の、けれども随分となだらかな曲線であったりがあり弥代のよく知る木材とは似ても似つかない。

「これから()()の道具を使って、ある物を()ぐのですよ。」

「と、とぐ?」

「えぇ、切れ味が悪くなった包丁であったりの切刃(きりは)を整えるのです。」

 実際に見た方が分かりやすいでしょう、と言いながら相良は自分の(わき)に控えていた春原に声を掛けた。

 すると春原はただ声を掛けられただけだというのに、(あらかじ)め声が掛かったら動くようとでも言われていたかのように、今しがた出てきたばかりの店の中へと消えていき、ほんの少しして小振(こぶ)りな手拭いに軽く(くる)まれただけの包丁を両手に戻ってきた。

「相良、」

「えぇ、受け取りましょう。」

 大判の風呂敷を広げ、中の道具を出し並べていた時と同様に、慣れた手付きで包丁を受け取り棒状の上にそれを()かせると、昨日(きのう)弥代に渡した小石と同じぐらいの大きさの何かを()()てがって、そうして表面を磨くように滑らせた。

「大体……、そうですね。一本あたり半刻程度でしょうか。」

 見た方が分かりやすいでしょうと言われた手前、ジッと相良のする動作を目で追うのだが、しかし見たところでただ相良が包丁を両手を使って棒状の細長い石に擦り付けているだけだ。

 その行動が、彼の言うところの、包丁を()ぐ、という行為なのだろうが、何故そんな同じような動作を何度も繰り返さねばならないのかがてんで分からない。が、以前芳賀(よしか)が討伐屋において扇堂家からの収入が安定していなかった頃は、各々(おのおの)が小遣い稼ぎに里の手伝いをしていた、と話していたことがあり、力仕事で重たい荷を運ぶ館林や、方々の家々で細かい手伝いを(まか)される芳賀とは違い、相良は包丁磨ぎをしているのだと教えてもらったことがある。

 しかし時には安値(やすね)――、なんなら一文も貰うことなく場合によっては仕事を受けるものだから討伐屋の母・伽々里(かがり)がそれに渋い顔をよくするのだと、確か芳賀()は言っていた。

 包丁などというものは、榊扇(さかきおうぎ)の里での暮らしを始める以前の弥代からすれば(ほと)んど縁のないもので。そんなものはなくたって必要に(おう)じて手を使って捻ったり、折ったりで食事の支度というものはどうにか済ましてきた。が、普通は野菜であったり食材というものは包丁を使う、日常を送る上では欠かせない、どこの家族でも一家に最低一本は持っていて当たり前だそうだ。

 ただ、どれだけ時間が経っても相良がする事はあまり変わらない。時折細長い棒状の石を取り替えはするものの、石を取り替える際には近くの桶に張った水に包丁をくゆらせるのを挟みはするものの、動きはどこまでも同じように見え、どうしても……、

「地味……ですね。」

「……うん、地味だな。」

 言い出したのは弥代ではなく絹だ。別に弥代がそう思ったというわけではない。絹がぼそっとそんなことを言い出すものだから偶々弥代は、分かるなという気持ちを込めてそれに同意する言葉を無意識の(うち)に返してしまっただけ、で。

 でも、そんな弥代と絹の言葉を受けて、相良が口を挟まないわけがなかった。

「誰のせいでこんな場所で汗水を垂らすことになっているか分かっていないのでしょうか貴女(あなた)がた御二人(おふたり)は?」

 膝を抱えて右隣に同じような格好で(かが)む絹の頬が(むく)れる。それが弥代には凄く子どもっぽく映った。

 というよりも、ここ数日になってやたらと弥代と距離を詰めてくる(彼女)はどうにも初めて会った時のような淡々とした雰囲気であったりというのは(かん)じれない。

 決して親しいと呼べる仲ではないのはそうなのだが、見た目の割に随分と子どもっぽい振る舞いだったり、相良に正面から喰らいついていく(さま)なんかはとても意地っ張りに見えて、弥代が思っていたよりもずっと――、

(なんか、桜と黒と一緒に居る時と、ちょっと近ぇかも。)

 先ほども相良を前に二人正座を強要されて(しか)られることがあったが、討伐屋に出入りしている頃も芳賀(よしか)と一緒になって伽々里(かがり)の機嫌を損ねて正座をさせられたことがあった。それに似ている、気が今になってしてくる。

 そんな事に気付けてしまうと、なんだか急に妙に親近感が湧いてくる。もっと掛ける言葉だとかをよく考えて(せっ)した方がいいと思っていた相手なだけあって、一気に気が緩んでしまう。

 これからはもっと気さくに話し掛けてもいいんじゃないかと、そんな事まで考えてしまう。

 が、気付けば今更、という気持ちも一緒になって湧いてくる。弥代は距離を取っているつもりでずっと居たが、よくよく考えれば一昨日の露店の饅頭だったりは、彼女なりの気遣いから間違いなく来ていたもので、弥代が感じた馴れ馴れしいと感じていた言葉遣いはどれもそのまま、仲良くしたいという彼女の気持ちの現れだったのではないかと思えた。

 もし今夜、これまでと同じように旅籠で部屋を二つ取れるのであれば、少しだけこれまでしなかったような話をしてみてもいいのではないか、なんて事まで思いついてしまう、ぐらいには。

 でも、何よりも弥代は――、






 昨日は結局、前日に世話になった旅籠(はたご)に泊まることとなった。というのも相良の小遣い稼ぎ――もとい包丁研ぎが思いの(ほか)長引いたからだ。

 人の行き来の少ない朝早くから始めた包丁研ぎは、相良が一本研ぎ終えるのまでの(あいだ)には次の一本がぞろぞろと持って来られる状態が日が暮れるまで続き、休む()(ほと)んどないまま包丁研ぎを(なが)めて終わったといって過言ではないぐらい続いた。

 というのも、昨晩泊まった店の一本が終わった後、ついでにもう一本研いでほしいと注文をつけられたのが始まりだった。店の前で場所を借り、風呂敷まで広げる許可を貰っているのだからお安い御用だ、と引き受けた。相良からすれば包丁研ぎ(これ)を見た通りすがりの者が興味を(しめ)し、研ぎの注文を二、三件程受けれさえすればそれで安い宿であれば四人と二頭、野宿をせずとも雨風を凌いで()を越せるぐらいに相良は考えていたのだが、最終的にはそれ以上を得ることが出来てしまったのだ。

「まさか初めの一本の切れ味を見て、それが裏で一気に桑名宿(くわなしゅく)一帯に広まってしまうなんて誰が想像したでしょうか?」

「そうですね、まさかあの様に(こぞ)って包丁を掲げて人が押し寄せるなど……余程(よほど)あの地の職人の腕は低かったのでしょうか?」

「聞いた限りでは、先代が技を教え込む前に亡くなられてしまい、あまり腕に自信がないそうですよ。教えてやってほしいものだと頼み込まれましたが丁重にお断りさせていただきました。」

 桑名といえば古くより鋳造(ちゅうぞう)の町として知られている。その町の腕利きの研ぎ師が亡くなり、代わりにまともに包丁を研げる者がいなくなってしまったとなれば確かに頼られても可笑しくない話ではあるかもしれないが、あの手のは下手に引き受けてしまうとどれぐらい長引くか分かったものではない。ちょっとした小遣い稼ぎが長居になっていいわけがない。これが独り身で、行く宛もない旅をしている途中であったのなら衣食住まで保証されるというのなら話を受けても良かったろうが、それを引き受ける余裕は今の相良にはありはしない。

「でもさ、でもさ……、また金がなくなったらああやって稼いだりしたりすんの?」

「えぇ、まぁそれは勿論、必要でしたらまたやることも御座いましょうとも。」

「へ、へぇ…………、そ、そうなんだ。」

 相良は、目を逸らした。

「――――何はともあれ、昨日の遅れを取り返すにも可能でしたら今日の内に(とうげ)はどうか越えてしまいたいものですね。」

「同感です。間違っても峠は越えるべきでしょう。越えずして晩は間違っても迎えたくないものです。」

「なんで?」

 それはこれまで一人で根無草として過ごしていた弥代から出るとは思えない言葉のようにも思えたが、弥代の知ることがあまりにも(かたよ)りがあると分かった上での相良からすれば納得のゆく疑問だった。

「これから私共(わたくしども)が越えねばならない鈴鹿峠(すずかとうげ)は、江戸の頃よち箱根越えに()いで東海道の難所として知られる山道となっており、古くより山賊(さんぞく)の話が言い伝えられている地なのです。そして――、」

 鈴鹿の峠には、女鬼(めっき)に纏わる伝承が存在する。

「め……っき?」

(おんな)(おに)と書き、女鬼(めっき)と読みます。」

 相良がそうしていたのを真似て、羽織の(たもと)のなかに納めていた矢立(やたて)と、重みがあるので同じように袂に納めることは出来ず帯の間に差し込んでいた(すずり)を慌てて弥代は手に取り、それを相良に差し出した。

 細い筒から筆を抜き、蓋を開けた小壺に穂先を軽く浸せば、それで先が濡れて細く整う。本来の矢立は小壺の中に墨を入れて字を書くようにするが、弥代が相良から渡された矢立は字を書くのが目的ではなく、弥代が字を覚えるための道具だ。その為、小壺には墨ではなく、ただの水が入っているだった。

 水を含んだ筆先が、硯の(たい)らな面を撫でる。

【女】と【鬼】、と書かれた字をそれぞれ乾く前に弥代に差し出し、一字一字をまた上から筆先で丸く(かこ)い、どちらがどの字であるのか相良は伝えた。

「どちらも言ってしまえば貴女に(えん)がある【字】となりますね、弥代さん。」

 覚えておいて損はないでしょう、と言葉が添えられる。

 添えられた言葉はその通りとしか言いようのない、相良が言った通りどちらも弥代に縁深(えんぶか)い言葉だ。

「いえ、何も今も(なお)そのような伝承に出てくる女鬼(めっき)が出てくるなどと、そういった話ではありません。ですが広く世間に知れ渡っている、口伝(くでん)だけではなく和歌(わか)詩歌(しいか)にもその存在が形は(ちが)えども多く残っている、女鬼の伝承だけではなく複数の伝承で知られる、歴史ある地なのです。」

 てっきり弥代は、それからこの地に(まつ)わるという伝承の、女鬼(めっき)に関する話を相良の口から聞けると思っていたがそうではなかった。

 あの手の伝承であったりというものは時代や場所によってかなり異なる部分があり、一本筋でどうにかなっているものはない(ため)、相良自身はあまり(この)まないという。

「まぁ伝承も口伝もそれほど変わりはありませんが、口伝と比べ伝承というものは時に言い伝えや古い教え、しきたりが形を変えて後世に受け継がれていくものが多いと、私は思っております。

 そういったものは少なからず似通ったものも多く、だというのに関わらず一概(いちがい)に同一のものでもなく個々に独立していて厄介なものですので、興味がないのであればわざわざ知る必要も御座いません。」

「で、でも……、俺に縁がある、って。」

「それはあくまでも字の話です。貴女が直接この地と縁があるとは一言も申しておりません。」

 それと、と相良は言葉を続けた。

「私の言葉に耳を傾けるを悪いと言いはしませんが、全てを鵜呑みにされるのはどうか()してください。教えてさしあげると言いはしましたが、(わたくし)も人の身です。間違うことは御座います。」

「そ……、そっか?」

 何だか少しだけ、棘のある言い方に弥代は思えた。

 (とうげ)山道(さんどう)は道が随分とでこぼこしている。荷馬車の荷台にずっと乗ったままの移動は難しいということで、絹を含めた全員が一旦荷馬車から降り、絹が一歩一歩馬の足元を確認しながら道を進んでゆく。字を教えてもらう(くだり)においてはそんな距離を感じることはなかったのだが、話が少し先に進んでから言葉尻が鋭くなっているような気がした。

 何か相良の機嫌を損ねるようなことを口にしてしまっただろうか、を短いやりとりを思い出すのだがそれらしい事を言った覚えは一切なく。ただ鵜呑みにする、という言われようにはそうかもしれないな、と身に覚えがいくらかあった。

 まだ相良の言葉に耳を傾けるようになってからそれほど時間は経っていないが、それでもそれに意識を向けることはやはり増えたのは事実だ。

 鵜呑みにしないでください、と言われた手前早々にそんなのを考えてしまうのは良くないのだろうが、弥代は気を付けることを決めた。






 荷台そのものがぐらぐらと揺れることはあっても、賢い左吉(さきち)右吉(ゆうきち)が倒れないようにと常に気配りをしつつ道を進むものだから絹は一安心だった。

 半刻程前に通過した坂下宿(さかしたしゅく)から土山宿(つちやましゅく)までは二里以上三里未満。険しい峠道を越えさえすればあとは伊勢国(いせのくに)から近江国(おうみのくに)に至り、後は山城国(やましろのくに)までは比較的なだやかな道なりが続くのみとなっており、早く峠を越えてしまうことを夢見ていた。

 そして、左吉と右吉が行きに使った中山道(なかせんどう)ではなく東海道(とうかいどう)で帰りたいと我儘を言うものでそれを叶えてやった今回の旅路だが、もし今後東海道を使うのであればどれだけ便利だとしても荷車で挑みのはどうか()めることとした。大井川であったり七里の渡しに、今いる鈴鹿峠と難所が多いことを知れたからだ。

 これらは本当に身を持って知らねば学ぶことが出来ない事柄である。いけ()かない相良の言葉を借りることさえ(しゃく)ではあるが、それでも分かりやすくするのに借りるのであれば、今後の為にも知れて良かった、ということとなるだろう。

 人の世に(みずか)らの意志を持ってして(まぎ)れ込んでまだまだ、やはり日の浅い絹は知らぬことの方が多く、だからこそ今後とも学んでいかねばならない、早く銀嶺(主人)の元に戻ったら多くを反省し、今後の為に()かせさねばならないな、と胸に誓った。

「まぁ、出ますよね?」

「えぇ、出ないという事はないと思っておりましたので。」

 絹はすこしだけ項垂(うなだ)れた。



 前日のこともあった為に、長居をすることなく日が(のぼ)って直ぐに桑名宿(くわなしゅく)()ったのが(こう)(そう)したというべきか。それとも功を奏さなかったというべき、あるいははっきりと裏目に出てしまったと(ひょう)すべき、か。

 しかしどう転んだところで悪い結果に至るとは思えぬ相良は溜め息を一つ溢した(のち)、連日となるが背負っていた荷を不安定な足場に()ろし、その場に広げる。

「春原さん!」

 呼んで、刀を軽く投げる。

 (いくさ)血気盛(けっきさか)んに行われていた、虐殺が横行していた時代の刀に比べれば、天下泰平(てんかたいへい)()と言われていた時代の刀はいくらか軽い、あって一斤(いっきん)ほどの重さが多い中、春原の刀は(つば)なりを含めて倍近い二斤(にきん)はある。それを投げるというのもどうかと毎度相良は思う(ところ)があるが、わざわざ手渡されるよりもそちらの方が早く受け取れるもので、その方が良いと受け取る当人が言うのだから仕方のないことだ。

「相手は人です、刀は間違っても抜いてはなりませんよ!」

「……分かった。」

 春原は、静かに刀を構えた。

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