十八話 偏り
一方的に腹を立てられるばかりなものだから、この頃は訊ねたいことも満足に訊ねられやしないのだと不満を隠しきらず多少匂わせる程度に漏らしてみれば、意外にもあっさりと、彼は眉間に似合わない皺を刻んだ状態で振り返った。
大方、最近の彼の様子を見兼ねた薬師によって寄越されたというだけで、用事を済ませたらとっとと口もまともに利かずに部屋を後にするつもりでいたのだろう。早く立ち去りたくて仕方がない、といった態度は隠しきれていな、丸分かりなところが相変わらず憎めない。そういう部分はやはりまだまだ子供だ。
しかし、反抗期ではないか?なんて言われる機会が増えつつある彼ではあるが、相手が困っているのだという旨をキチンと言葉にして伝えれば、それで更に相手を困らせてやろうなんて意地の悪さは持ち合わせていない事を相良はよく知っている。
ただ、すんなり……素直に助力の姿勢を見せるのはどうにも歯切れが悪い、直近の自身の振る舞いからして収まりがつかないといった心境か。寄せたそばから慣れていないものだからか違和感でもあるのか、額を指の背を使ってグリグリと執拗に擦ってみせる姿は大変ばつが悪そうで、大変意地らしいじゃないか。
手本とする相手を、自分のような性格に難を抱えた人間を中途半端に見て育ってしまったものだから、彼が本来持ち合わせている実直さが時折霞んで見えてしまうこともあるのは実に残念だ。が、その程度で全部が全部捻じ曲がってしまうようなことがないことも、相良は誰よりも分かっている。彼は、自分とは違う。
そんな彼に相良が訊ねる時は、決まって彼なりの意見を聞き入れたい時だ。相良が教えたことをただ鵜呑みにするわけではなく、これまで培ってきた考えを織り交ぜた上で自身の納得がいく、キチンと自分のものにしている彼の言葉が欲しい。
自分などと違い、彼の性根はどこまでも真っ直ぐなのだ。
褒美、とまでは行かないが出会ったばかりの頃と比べれば大人になりつつある彼に対し、よくよく考えてみれば自分は求めるばかりだ。そろそろそれなりに見合ったものを提示することも視野に入れた方がいい。対等に扱うのも今後は必要になってくるだろう。
慌ただしいこれまでの日々から一変。安静にしておかねばしつこく叱られてしまう為に体を動かすことも最小限な中で、やっと認めてやらねばならない事実に目を向けることが出来たのは思わぬ収穫だ。彼も、いつまでも子どもではない。
だから、ふと。念には念を……とまでは行かないが頼りにしているのだという意思表示を兼ね、縋るような言葉の一つでも投げかけた方が良いだろうかと一巡した相良は口を開こうとしたが、彼の――芳賀黒介の目を見て、それを止めた。
まるでそんなものは要らないと言いたげな目線を彼は寄越していた。挙句ゆとりがあるとでも言いたげな、どこか寛ぐような姿勢を見せた。
杞憂で、あったやもしれない。
「――まぁ、確かにすっごい偏ってるなぁって感じることはありますけども、今更すぎて別にそんな言うほど気になりはしませんね。
弥代さんに限った話じゃなくって……、“色持ち”特有って一括りにするのは良くないの分かっちゃいますけど、そーいうものだって予め教わってるから頭に入ってますんで、俺、……は。」
口を動かしながらも、後ろ手に襖がしっかり閉まっているのかを横目ながらも確認する彼の本質はやはり優しい。まだ討伐屋にやってきて日の浅い、少女の耳にこの手の話が間違っても入ってしまわぬようにとする、配慮が感じられた。
そう口にする彼の言葉は、駿河から相良が連れ帰ってきた少女――桜が“色持ち”であるというだけでなく、恐らくその頭には相良が訊ねた弥代と桜の関係であったりという下地を汲んだ上での考えがあるのだろう。
二人の間にある事情であったり、此度の駿河での一件に関してまだ詳らかにしていないというにもかかわらず、言葉に起こされてもいない空気を読むのに、彼はあまりにも長けている。手間を省けるので相良からすればありがたいに越したことはない。
が、「アンタが留守にしている間だって……、」などと言葉を続ける彼にはまだ年相応な青々しさ――未熟さが垣間見えた。彼の目から見た意見が欲しいと頼った手前、一旦は彼が満足するまで話を区切らずに耳を傾けてやるのが礼儀であろう。
相良は静かに彼を見遣った。
芳賀の口から語られたのは、相良が討伐屋を留守にしていたこの十日ほどの間にあったという、東門通りに近い場所に店を構える、豆腐屋での一件についてだった。
先に駿河を目指し榊扇を発った相良を追う形で、道案内を任された春原と共に弥代が姿を現した際、何故相良を追うに至ったのか、その経緯や事のあらましは弥代の口から聞かされていた。
薬師の伽々里からある提案を持ちかけられ、双方が抱えている対処のしようがない厄介事を交換したのだと、弥代は言った。
その口振りからして、自身が駿河にやって来た理由そのものとはそれほど関与しているようには思えず、交換したという厄介事の詳細に関してまで訊ねる余裕がその時はなかったものだが、芳賀の口から語られる相良が留守にしていた間にあったという事の顛末を聞かされれば、そうだと言葉を添えられずとも自ずと理解出来た。
愚痴混じりになりつつはあるものの、それでも彼が何の脈絡もなく話を選ぶわけがないのだ。
榊扇の里という、他の地と比べれば、十二分すぎるほど“色持ち”という存在に対し理解があり、他所と違い迫害を受けることのない場所。
しかしそれでも、色を持たぬ者とそれほど大差なく生活を送ることが出来る土地であるものの、平穏を求めやって来たとしても、慣れぬ地に馴染むのにも時間がいくらか掛かるのは最早必然だ。
そんな典型的とも言える、色を持たぬ者に話し掛けられるだけで少なからず警戒心を顕にする青年が其処にはいたのだと彼は話しを続けた。
「昨日は貴女にばかり話させてしまいましたので、今宵は私の番ということで手を打たせていただきます。」
あんまりにも反応がないものでこれは埒が明かないと、多少の苛立ちを滲ませつつ、言葉通りに相良はほんの少しだけ弥代に対し譲歩してやる姿勢を見せた。
ただ、私の番などと相良は言いはしたのだが、これから何を話そうかを決めてすらいなかった。
昨晩の弥代の様子を前にした時点で、事が一日二日で済みそうにないとある程度目星は付けていたのだから、内容はどうであっても日中の内に粗方どんな話をしたものかと見繕っておけばよかったはずだ。
つまるところ、これから弥代の様子を見つつ決めていく算段だ。
まぁ、ここ数日――榊扇の里を出立してからを思い返すと、今日は特に酷い目にあったと思う。
酒を口にした後に吐いた数は数えきれないぐらいにあるが、酒を口にすることなく吐いたのは初めてだ。
吐くという行為そのものが中々に体力を消耗するので、二度目がないことを願う。
「それでは、」
言いながら、相良は動いた。
先ずはそうだ、いつまでも荷台の中で膝を抱えて蹲っているへそ曲がりを外に引き摺りださねばならない。
馬を離していることで支えを失い傾いている荷台に、わざわざ乗り込むようなことはしない。ではどう引き摺り出すのかという話だが、縁に手を掛けた。
そして一気に体重を掛け、勢いよく手を離す。
――ガタンッ
派手な音が響く。これまで前に傾いていた荷台が大きく揺れた。
自らの足で移動しない分、それだけ体力は温存出来るので楽に思える反面、慣れない環境でただジッと身を縮こまらせて長時間過ごさねばならないのは気分のいいものではないだろう。
だというのに、自分以外が降りた後の荷台の中で同じような姿勢で過ごすというのは何故か。
もしや、このままでいい等と考えているのではないか?否、昨夜の弥代の口振りには随分と諦めが滲んでいた。相良が先ほどから話しかけてもまともに会話らしい会話は一度も成立できてはいない。
「無理強い……ッ、しねぇんじゃなかったのかよッ⁉︎」
大きく揺れた荷台の中から久しぶりに耳にする威勢ばかりいい声が聞こえてくる。
御者が腰掛ける縁にどうにか腕を引っ掛けて、それでも出てこようとしない反応は中々に強情だが、そんなことで相良は退かない。
“色持ち”は生まれながらにして特異な“色”をその身に宿して生まれる存在であるが、その“色”を持つ者が必ずしも人並外れた何かを有している、というわけではない。
弥代を始めとした春原や桜のように、傷の治りが早いということは相良にはない。鶴見亭を介しての揚げ屋での一件で店の者に暴力を振るわれてから早二ヶ月。表面上はこれまで通り、怪我人であると思われない程度には普通に動くことが出来るまでに回復してはいるが、それでも無茶は出来ない。
まだ相模国を出てそれほど経っていないのもあり、直ぐにでも刀を振るわねばならないという状況に陥りはしないのが救いかもしれない。あと少なくとも一月は可能な限り無理をしてはならないというのは薬師の見立てだ。
それなのに、
「貴女は本当に手の焼ける方ですね、弥代さん。」
相良は、弥代を視た。
蒙霧升降、風知草 十八話




