#04.
「ライディス。お前もいたのか」
「ケルピー。貴殿に人間の礼法を求めはしませんが、陛下がいらっしゃる場です。発言の際は許可を得るようにしてください」
「私が? なぜ?」
「それは……」
「ライディス、よい。ここは公式な場でもないし、私も皇帝としてここに来たわけではないから構わん。それより、プリシラがどうやって魔獣を従わせているのかの方が気になるがな」
ライディスを制したロードランが、プリシラを見つめて尋ねた。
ケルピーを呼びはしたものの、実はプリシラも、なぜ彼が自分の言葉を聞き入れてくれるのかは分かっていない。そこでプリシラはケルピーに問いかけた。
「ケルピー。あなたはどうして私に力を貸してくれるの?」
「お前はこの世界に必要な存在だからだ」
「この世界に?」
「そうだ。お前は塔の賢者に会っただろう? それが私の答えだ」
プリシラが塔の賢者に会ったことまで知っているのか。
つまり、ケルピーはこのままでは世界が滅びることを知っているのだ。彼もまたこの世界に生きる存在ゆえ、プリシラを助けようとしているのだろうか。
(塔の賢者といい、目の前の魔獣といい……)
人間を超越した存在たちが傍にいるので、実感が湧かなかった。平穏に生きると決めたはずなのに、どうしてこうなったのか。人生というものは、本当に分からないものである。
プリシラが苦笑いを浮かべながら首を横に振ると、ロードランの視線が彼女へと向けられた。
「塔に巣食う亡霊どもを放置すれば魔獣にも大きな被害が出るため、手を貸しているに過ぎません。彼が私の命令に従っているわけではないのです」
「私は、お前の命令なら従ってもよいが?」
「あなたに命令してどうするのよ。私は静かに暮らしたいの。助けてもらうのは、今回を最初で最後にするわ」
「そんなお前だからこそ、助けたいのだ」
面倒だと言わんばかりに手を振るプリシラの姿に、薄く笑みを浮かべたケルピーは、やがてライディス、そしてロードランを順に眺めながら言葉を継いだ。
「ゆえに、お前たちを助ける義理はないということだ」
「それは残念なことだ。だが、それもまたよかろう。まだ時間は十分にあるのだからな」
(まだ時間は十分にある、か)
どうやらロードランはケルピーを逃すつもりはないようだった。ケルピーが靡くかどうかは分からないが。まあ、今は皇帝の意図を把握することよりも重要なことがある。
「プリシラ。聖域を司る魔獣が共に行くなら、二人でも十分かもしれん。だが、一人だけは必ず連れて行ってほしい」
帝国にも立場がある以上、プリシラとケルピーの二人だけで放り出すことはないと予想はしていた。だが、たった一人? 怪訝に思ったプリシラがロードランを見つめると、彼は笑って答えた。
「ああ。私がいかぬと言っても、必ず行く男がいるからな。そうだろう? ラファエル」
「もちろんだ。フェンベルクも、あの忌々しい王女も。元々は俺の獲物だったんだ」
死んだと思っていた、死ぬべきだった者たちが生き残っていたばかりか、皇城まで攻撃してきた。表には出さなかったが、ラファエルにとってはひどく屈辱的な出来事に違いなかった。
容易に死ぬはずがないと分かっていながら、彼らの死を再確認しなかった。奇妙に現れた塔を疑いもしなかった。彼らが生き延びていることを察知しながらも、即座に総攻撃を加えなかった。
ラファエルの失策により、数多くの騎士が命を落とした。ラファエルがプリシラを大切に思っていることは、プリシラ自身もよく分かっている。彼の失策により、多くの人々が苦しむことになった。
受けた屈辱をこのまま見過ごすのは、帝国の将軍の名に泥を塗る行為だ。
この屈辱を、このままにしておくわけにはいかない。
プリシラも同じ立場なら、何としてでも共に行っただろう。ラファエルの心情を誰よりも理解できたからこそ、一緒に行くという彼の言葉を遮ることはできなかった。
遮るつもりもなかった。
「将軍がご一緒してくださるなら、私としては心強いです。良かったです。リュエンが来たくないと駄々をこねたら、手伝ってくださいね」
「こっぴどく叩きのめしてでも、お前の言うことを聞かせてやる」
「ふふ。心強いですね」
状況にそぐわない和やかな空気が病室に漂った。しかし、どこか寂しさを感じるのは、傍にいるべき誰かが欠けているからだろうか。
(本当に、話さなきゃいけないことがたくさんあるわね。リュエン)
まずはこっぴどく叩きのめした後に、治療をしてあげよう。そして、語り尽くせなかった話をすればいい。すべての話が終わったら、わだかまりを捨てて、また笑って過ごそう。
プリシラが雲一つない晴れ渡った空を見上げながら、リュエンのことを想っていたのも束の間、残念ながら和やかさを保つには、与えられた状況はあまりに平穏とは程遠かった。
笑みを消したロードランが、プリシラとラファエル、ケルピーを見据えて言葉を継いだ。
「プリシラ。病床から起きたばかりのそなたに負担をかけまいと黙っていたが、エルフリーデが宴会場に現れて以降、帝国全土に『ゲート』が開いた」
「ゲート……ですか」
「そうだ。開いたゲートの向こうから魔物が雨後の筍のように溢れ出し、全国を同時に攻撃しているという」




