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#03.



ロードランの問いに、プリシラはその日の最後の記憶を呼び起こした。絶望を通り越し、無表情にさえ感じられたリュエンの顔、その表情とは正反対にほとばしった悲鳴。


リュエンは自らを許すだろうか? いいえ、きっと彼は許せないはずだ。


けれど、それは大きな問題ではない。

だって、当たり前のことでしょう。


「自分を許せなくても構いません。申し上げたはずですよ、陛下」


プリシラの視線がロードランへと向けられた。口角を釣り上げた彼女は、言葉を継いだ。


「厳しくお灸を据えて、首輪を繋いで連れ戻すと。リュエンの意思は重要ではありません。嫌だと泣きついても引きずって来ます。過ちを犯したのなら、責任を取らせねばなりませんから」

「敵わんな。シェイルグがそなたに引きずられてくる未来しか見えん」


プリシラの豪語が気に入ったのだろうか。

口角を上げたロードランが、上機嫌に答えた。


「よかろう。治癒の天使と戦場の槍がガエルの亡霊たちに加担したことを見抜けなかった我々側の失策も大きい。今回はそなたの言葉を聞き入れよう」

「……」


ロードランの口からアイザックの名が出ると、プリシラの顔が一瞬曇った。


(アイザック……)


アイザックの最期の姿が鮮明だった。


プリシラが愛した男とは違う姿だった。無残に壊れた彼に対して何の感情も湧かなかったし、彼を信じることもできなかった。信じるつもりもなかった。けれど、アイザックは最期に彼女を守った。


いつか、戦場で彼女を守ってくれた、あの時のように。

ほぼすべての自我を失った状態だったはずなのに、彼はリュエンからプリシラを守ったのだ。


(どうして私を救ったの? あなたにとって、私は何者でもない存在だったはずなのに)


アイザックを思うと、埋めていた記憶が混ざり合い頭が複雑になる。ゆえにプリシラは一度息を吐き出すと、彼に対する思いをすべて消し去った。


すでに終わった縁だ。

命を救ってくれたことはありがたいが、この状況そのものも、彼とミラベルが作り出したものだ。だから、アイザックが自分をどう思っているかなど、考える必要はない。


そう、今考えるべきはミラベルだ。


(シラ。覚えておいて。未来は訪れるのを待つものではなく、切り拓くものよ。不条理で不当なものなら、立ち向かって勝ち取りなさい)


いつかミラベルがかけてくれた言葉が、脳裏に生き生きと蘇った。プリシラにその言葉を贈ってくれたミラベルは、誰よりも輝かしく美しい人だった。


自分のものを慈しむ人。あまりに慈しむがゆえに、そのためなら何でもした人。


(ねえ、ミラお姉様。お姉様が望んだ未来は、本当にこれだったの? お姉様はすべてを破滅させてでも、自ら掴んだものを離すつもりはなかったの?)


ミラベルに問えば、彼女は答えてくれるだろうか。わからない。答えてくれたとしても、プリシラは生涯理解できないだろう。


(理解するつもりもないけれど)


プリシラは脳裏に浮かぶ感傷をすべて拭い去った。もう二度と会うことのない人だ。いいえ、会うことになれば、今はもう奪い、奪われる仲だ。ミラベルに残っていた最後の一片の情まで振り払ったプリシラは、冷徹に心を決めた。


「ただし、一つだけだ。プリシラ。そなた一人で行くことは許さん。中隊を一つ貸し与えよう。彼らと共に行け」

「いいえ。相手はガエルの亡霊たちです。それも魔物と融合し、より強大な力を使う。これ以上、犠牲者を増やすわけにはいきません」

「いくら何でも、そなた一人では……」

「ご心配なく。厳密に言えば、一人で行くわけではありません。私一人でたどり着ける距離でもないでしょうし」

「ほう? ライディスを連れて行くつもりか?」

「ライディス卿の助けは借りることになるでしょう。塔まで最短距離で移動せねばなりませんから。ですが、連れては行きません」

「ならば、誰を?」


ロードランの問いに、プリシラは口角を上げて微笑んだ。その笑みに、ライディスは「まさか」という表情を浮かべた。プリシラが助けを必要とする時、彼は力を貸すと告げた。


(私一人では決して彼らには太刀打ちできない、とも言っていたかな? 実に見事な先見の明だね)


「ケルピー。呼びかけに応じるなら、私の元へ」


プリシラが言葉を終えると同時に、寝室に淡い川霧が漂った。突然の異常現象に、ラファエルが弾かれたように立ち上がった。今にも武器を抜き放ちそうな彼の姿に、ライディスは心配いらないと彼の腕を掴んだ。


「ライディス?」

「将軍。案ずることはありません。無害な存在です」


霧の向こうに、おぼろげな森の風景が映し出された。霞んだ森に立っていた一頭の白い馬が、霧をかき分けて近づいてくる。


一歩近づくごとに色彩を帯びて鮮明になった馬は、ある瞬間、人の姿へと変わり、いつの間にか寝室に立っていた。


「呼び出しを受けて参上した。プリシラ」

「来てくれてありがとう、ケルピー」


プリシラの傍を守るように立ったケルピーの姿に、ラファエルが呆然とした表情を浮かべた。


「おい、ライディス。あれは何だ?」

「……陛下、そして将軍。あの方は、以前ご報告したことのある、聖域を司る魔獣であり……」

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