#14.
ロードランに聞かせるように、あるいは自分に言い聞かせるように。
続いたリュエンの答えに、ロードランは探るような視線を彼に向けた。真偽を確かめるかのように真っ直ぐ見つめるその金色の瞳を逸らさず、対峙することしばし。薄い溜息と共にロードランが目を閉じた。
「プリシラを裏切るなよ、シェイルグ」
「そんなことはあり得ないと、言ったはずだ」
「断言できるか? リベリアに現れた塔の中にエルフリーデがいるという話は聞いている」
「……!」
「プリシラは彼女が何者か知らなかったようだが、貴様を操れるほどの洗脳能力者はそう多くない。シェイルグ。貴様は本当に、彼女の言葉に抗えるのか?」
「プリシラさえいれば、私は決して彼女の言葉に惑わされることはない。以前もプリシラは私を救った。彼女さえ傍にいてくれればいい」
先ほどとは違う、自信のなさを孕んだ弱い答えだった。しかしロードランは、それ以上の追及はしなかった。ただ一言。
「……信じよう。シェイルグ」
重々しく響いたロードランの言葉に、リュエンは再び自らに言い聞かせるように頷いた。
そうだ、大丈夫だ。
プリシラさえいればいい。
(彼女さえいれば)
私は、乗り越えられる。
皇帝との接見が終わった。心境としては今すぐにでもプリシラのもとへ向かいたかった。しかし、ロードランの最後の言葉が棘のように体に突き刺さり、どうしても彼女の前に顔を出すことができなかった。
原因を消し去れば楽になるだろうか。リュエン一人では塔を登り、エルフリーデに会うことはできない。彼女と対峙すれば、リュエンは間違いなく抗えないだろうから。
だが、彼女を外に出られないよう封じ込めることなら、リュエンにも可能だった。
一人リベリアに戻ったリュエンは、塔を巡り、以前自分が張り巡らせた魔法障壁に損傷がないかを確認した。決して抜け出せぬよう強固に築かれた障壁は、損なわれた箇所もなく、濃密な魔力を湛えていた。
彼らが塔から踏み出した瞬間に全身が切り刻まれ、魂さえも砕け散るよう、幾重もの亜空間を重ね、魔力障害を引き起こす魔法をかけた。エルフリーデとフェンベルクの魔力は誰よりもリュエンが熟知しているため、複雑な魔法式を組み上げるのも難しくはなかった。
それでも満足はできなかった。
リュエンは障壁をさらに強固に塗り重ねた。ついでに塔へ赴き、魔物を掃討することも忘れなかった。エルフリーデが手足として使う駒は少ないに越したことはない。
彼女が何をしようとも、リュエンは彼女の手に落ちることはない。変数は少ないほど良い。そうして一週間にわたり、リュエンは彼が知る限りの懸念材料を潰していった。すでに一度整理を終えていたため、変数はそう多くはなかった。
何度も確認し、さらに確認を重ねる。ようやく満足して帝国へ戻った時には、いつの間にか一週間が過ぎていた。
祝祭の始まりを告げる開幕式を目にして、リュエンはハッとした。この一週間、プリシラを放置してしまったのだ。
(これはまずいな。怒っているに違いない)
なさねばならぬことだった。彼女のためのことでもあった。しかし、何も言わずに姿を消したのだから、怒らせたのなら相当なものだろう。一週間前とは逆転してしまった状況に、リュエンの頬を冷や汗が伝った。
どうすればいい。どうすれば劇的に機嫌を直してもらえるだろうか。
(あの日、プリシラもこんな心境だったのだろうか)
彼女のことを思うと、この状況下でも笑みがこぼれた。機嫌を取るにしても、まずは宴会場へ向かわねばならない。足早に歩きながら、プリシラの色に合わせた正装に身を包む。彼女の色を身に纏っているというだけで、抑えきれない笑みがこぼれる。
リュエンが宴会場に足を踏み入れると同時に、ロードランが入場したことを告げる侍従の声が大きく響き渡った。おかげで、静かに会場に溶け込むことができた。
数千人の人間が集まる場所でありながら、リュエンは一瞬でプリシラを見つけ出すことができた。そして、彼女を目にした瞬間、リュエンは呼吸の仕方を忘れてしまった。
夜空を溶かし込んだような黒髪には、金糸とタンザナイトで編まれたコサージュが飾られ、普段よりもいっそう可憐な雰囲気を漂わせていた。肩を大胆に露出したシースドレスは、波打つような黒。裾に向かうほど細かく砕かれたダイヤモンドが星屑のように散りばめられ、彼女の儚さと神秘性をさらに際立たせていた。
美しいものを好むくせに、自らを飾ることは好まないのか、普段のプリシラは全く着飾ることがない。ゆえに、リュエンが時折彼女を整えてやることはあったが、ドレスを着る機会など滅多になく、リュエンにとっても彼女のドレス姿を見るのは初めてのことだった。
息を呑むほどに美しく、可憐だ。
いつまでも眺めていたいという思いと同時に、彼女のこのような美しい姿を他の男たちが見たという事実に、狂おしいほどの嫉妬が湧き上がった。
この会場にいる全員の目をくり抜くことができれば、どれほど良いだろうか。
今この瞬間でさえ、皇帝の入場が告げられたというのに、数人の男の視線がプリシラに固定されたまま離れようとしない。リュエンは爆発しそうな嫉妬心を抑え込み、プリシラのもとへ歩み寄った。
「プリシラ」
「リュエン! 一体何をしていたのよ、今まで……」
壇上を見上げていたプリシラは、リュエンに名を呼ばれるや否や、勢いよく振り返って彼を見つめた。夜明けの空を宿したような青紫色の瞳が、不満をいっぱいに溜めてリュエンに向けられたが、すぐに大きく見開かれた。
プリシラは驚きを隠しきれない様子で、呆然とリュエンを凝視した。微動だにしない彼女の様子に、リュエンは不安げな顔で再び彼女の名を呼んだ。
「プリシラ? どうしたのだ?」
「……いえ」
唇を震わせ、言葉を紡ごうとしたプリシラは、何度かの躊躇いの末にようやく言葉を継いだ。
「……いつもハンサムだとは思っていたけれど、あなた、本当に格好いいわね。あまりに素敵で、息が止まるかと思ったわ」
「……私がか?」
「ええ。服もすごく似合ってる。もしかして、その服を作るために今まで会いに来なかったの?」
「それは違うのだが……」
プリシラの称賛に、リュエンの顔が赤く染まった。彼女が言葉を発するたびに、心臓が痛いほど高鳴る。息を呑むほどに美しいのは、他ならぬ彼女の方だというのに。
「あーあ。いくら似合っていても、一週間も放置したことは許さないわよ。後でたっぷり埋め合わせをしてもらうんだから」
不貞腐れた言葉さえも、あまりに愛おしい。自然と緩んでしまう顔は、きっと目も当てられないほどだろう。それでも良かった。彼女の前では、愚かな男に見えても構わなかった。しかし。
「すまない。いくらでも埋め合わせはしよう。その前に……」
あまりの美しさに気づくのが遅れたが、プリシラが纏っている服の色は、プリシラ自身の象徴でもあったが、ロードランの色とも重なっていた。それが気に食わなかった。彼女が他人の色を身に付けているなど、我慢ならない。
リュエンがプリシラのドレスを穴が開くほど見つめると、プリシラは少し決まり悪そうな顔で答えた。
「リュエン? 私に似合っていないのは分かってるから、そんなに見なくても……」
「似合っていないなど、とんでもない。プリシラ。そなたは誰よりも美しい。だが……色が気に入らないな」
「色?」
「そうだ。そなたに相応しいのは、その色ではないからな」




