#13.
プリシラに祝勝晩餐会の招待状が届いた。必ず出席せよという皇帝の勅書と共に。
リュエンはライディス・ラフェルがこの知らせを持ってきた時、煩わしさを感じながらも、これを好機だと捉えた。
正直に言えば、リュエンはプリシラと共にいられるのであればどこでも良く、自分がどのような状況に置かれても構わなかった。もし彼女たちがリベリアに留まっていられるのであれば、このままでも良かっただろう。
問題は、プリシラには貴族籍を持つ知人が多すぎること、そして彼女の能力を知る者もまた多すぎることだった。
プリシラ自身も、他人を助けることに何の躊躇いもない。多少不当なことであっても、なすべき人間が自分しかいないのであれば、彼女は喜んで手を差し伸べる。彼女のその性格のおかげで救われたリュエンだったが、プリシラの危ういほどの優しさは、見ていられるものではなかった。
プリシラはリュエンだけを見ていればいい。
彼の言葉だけを聞いていればいい。
彼を見て笑い、温もりを分かち合えばいい。
リュエンだけのプリシラであれば良いものを、彼女の力を欲する者が多すぎる。
守るべき人がいる。しかし、守るための力が欠けている。今のプリシラは、貴族や王族が干渉してくれば、従わざるを得ない状況だった。
そんなふうにはさせておきたくない。彼女にはリュエンと共に、彼女のしたいことをしながら楽しく生きるのが相応しい。プリシラを幸せにするためには、今の身分のままではいけないのだ。
「皇帝との交渉か……」
急いで皇城へ行き、早々に帰ってこようというプリシラの提案に頷いたリュエンは、直ちに皇城へと向かった。
皇城に到着するやいなや、プリシラとリュエンは引き離されることになった。プリシラは不安げな表情を浮かべていたが、リュエンにとっては好都合だった。密かに皇帝に会いに行くことなど、造作もないことだったからだ。
まずは皇帝に会い、交渉を済ませることにしよう。
プリシラに手を出すな。
どの国も彼女を狙わせるな。
たとえ皇帝であろうとも。
プリシラと離れた瞬間に表情を消したリュエンは、冷ややかな瞳で侍従の案内に従い、広い回廊を歩いていた。
この皇城に来たのは、今回で二度目だ。
あの時は、生きる希望を失い、死ぬ日だけを待ちわびながら回廊を歩いた。
だが今は、プリシラとの平穏な生活を計画しながら歩いている。
「まさか、こんな日が来るとは……」
彼女のことを考えれば、自然と口角が上がる。早くプリシラに会いたい。彼女の微笑みが欲しい。そのためには、急いで皇帝に会わねばならないだろう。
「お前は皇帝の侍従だったな。接見の場所は以前と同じか?」
リュエンの問いに、案内していた侍従がちらりと彼を振り返った。
「はい」
「無駄なところに時間を割きたくない。あの皇帝なら、すでに接見の準備を終えているはずだ」
言い終えると同時にリュエンが手を伸ばすと、瞬く間に周囲の風景が様変わりした。
広い皇城の奥。隠密に作られたその空間は、光が十分に差し込まないため妙に薄暗かったが、広々として高級感のある設えになっていた。
赤紫色のベルベットの椅子に一人座る男は、透明なグラスいっぱいに注がれた琥珀色の液体で喉を湿らせていた。一つに束ねられた長い黒髪と、猛禽類を連想させる鋭い金色の瞳。芸術家が一筆一筆精巧に作り上げたような、美しくも端正な顔立ち。
ロードラン・エルデバラン・デル・カイアード。
世界に号令を下す帝国の皇帝は、間もなく四十を迎えようという年齢でありながら、二十歳の青年のようによく整った顔をしていた。男はリュエンをちらりと見た後、再び透明なグラスへと視線を戻した。許しも得ずに彼の前に座ったリュエンが手を差し出すと、彼の手の中に、黒髪の男と同じグラスが現れた。
「久しぶりだな、ロードラン皇帝」
「久しぶりだという割には、挨拶もないのだな。シェイルグ」
「お互い、安否を尋ね合う仲でもないだろう?」
リュエンの無味乾燥な答えに、皇帝の口元に乾いた笑みが浮かんだ。彼はリュエンのグラスに琥珀色の液体を注ぎながら答えた。
「呆気なく死んでしまうことを望んでいたわけではないが、このような形で貴様と再会することになるとはな」
「世の中、そんなものだろう。予想通りに運ぶことなど一つもない」
グラスを口元に運んだリュエンが、中の液体を一気に飲み干した。強い酒が食道を通り抜けると、全身が熱く燃え上がるようだった。そういえば、プリシラは酒に強いのだろうか。
「軍人だったのだから強いのか。あるいは、一杯も飲めないのかもしれないな」
酒に酔った彼女はどのような姿だろうか。あの白い頬を林檎のように赤く染め、とろんとした目で彼を見つめたら?
プリシラのことを考えると、張り詰めていた緊張感が雪のように溶けていく気分だった。気を引き締め直したリュエンが前を向くと、自分を見つめていたロードランと目が合った。感情など微塵も見せない為政者の金色の瞳に、異彩が宿っていた。
「シェイルグ。本当に、随分と変わったな。プリシラが貴様をここまで変えたのか?」
「……」
リュエンは答えなかったが、古来より沈黙は肯定を意味するという。リュエンの正直な反応に、ロードランの口元に深い笑みが浮かんだ。
「シェイルグ。三年前の対話を覚えているか? 私は貴様に、二つの道を提案した」
誰よりも鮮明に覚えている。ガエルが滅亡し、生き残ったリュエンは捕虜として帝国へ連行された。当時もこの部屋で互いに向かい合って座り、同じ酒をグラスに注いだ。違う点があるとすれば、あの日のリュエンは酒を口にしなかったことくらいだろうか。
あの日、ロードランは言った。
裏切り者と後ろ指を指されながら残酷に生き残るか、すべての罪を背負って無惨に死ぬか。どちらを望むのかと。
あの日、リュエンは答えた。
愛するすべてを失った自分に、生きる価値などない。すべての人間が私の死を望んでいるのだから、望み通りに死ぬ、と。
「今回も同じ提案をするとしたら。貴様はどのような答えを出す?」
「当然、前者だ。プリシラは私に、共に生きようと言ってくれた。私が先に彼女との約束を違えることなど、あり得ない」
プリシラのためなら何でもできる。それが自分の過去を否定することであれば、いくらでもやってのける。
裏切り者と指を指される? それが何だというのだ。裏切り者として脅威となり、それによってプリシラを守れるのであれば、リュエンは何でも裏切ることができる。己の祖国も、過去も、愛した人でさえも。
考えるまでもなく即答したリュエンに、ロードランは瞳を細めた。
「彼女がいる限り、永遠にこの帝国の礎となると、プリシラ・ライデンの名にかけて誓えるか?」
「話の順序が違うな。帝国のためではなく、彼女のために力を尽くすのだ。彼女が帝国の力になることを望むのであれば、いくらでもな」
「はは。プリシラは実に大したものだな。貴様とプリシラが出会ったのは、わずか一月ほどだと聞いている。たったそれだけの間に、『白い悪夢』をこれほど容易く手懐けてしまうとは」
乾いた笑い声を上げたロードランが、本当に惜しげにグラスの縁を指でなぞった。
「実に惜しいな。貴様のもとへ行くと知っていたなら、無理やりにでも彼女を奪っておくべきだった」
「……喧嘩を売っているのか?」
「まさか。それほど惜しいということだ。そしてそれほどまでに、彼女は私にとっても大切な存在なのだよ。シェイルグ。プリシラが貴様を選んだからこそ、私は貴様を信じよう。だが、もし貴様が彼女の信頼を裏切ることがあれば」
笑みを消したロードランが、冷たく沈んだ視線でリュエンを射抜き、凄んだ。
「私は貴様を帝国の公敵に指定し、二度と平穏な暮らしなどできぬようにしてやる。これまでの三年間が滑稽に思えるほど、執拗に残酷に切り刻んでやろう」
ロードランの脅迫じみた言葉に、リュエンはにやりと笑った。微笑んでいるというのに、彼の瞳は炎のように赤々と燃え盛っていた。
「せいぜいその程度で満足なのか? 皇帝の愛着というのも大したことはないな」
持っていたグラスを握り潰したリュエンが言葉を継いだ。
「その程度で終わらせるはずがないだろう。決して楽には死なせない。生きている間中、苦痛と絶望を与え続け、だが決して殺しはしない。誰一人として想像もつかないほど、おぞましい罪をその身に刻み込んでやる」
唯一私を救い出すのは、彼女の言葉一つだけ。その時まで、私が成しうるすべての手段を尽くして、己を追い詰めるつもりだ。




