#11.
どこか釈然としない回答だが、ほかに異常現象を説明できる根拠もない。プリシラは肩をすくめて言葉を継いだ。
「とにかく、魔獣の件については私よりライディス公がお話しになったほうがいいと思って、面会の場を設けておきました」
「ううむ。ちなみに、彼に会うためにはどうすればよいのですか?」
「私が名前を呼べば来るそうです。ほかの人が呼んでも来るのかは……よく分かりませんね」
「承知しました。ただ、私は彼女から、兄妹がいるという話は聞いておりません」
「そうなのですか?」
「ええ。今まで一言もなかったところを見ると、二人が対面した際に問題が起きるかもしれません。高ランクの魔獣である以上、不確定要素は避けたい。彼女と先に話をしてみてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。では、この話はここまでにして……私の用件はどうなりましたか? リュエンは無事に身分を回復できそうですか?」
期待に満ちたプリシラの問いに、ライディスの顔が曇った。厄介だと言わんばかりに眉をひそめた彼は、ため息をついて答えた。
「それが……皇帝陛下は、シェイルグの身分復帰については前向きに考えておられます」
「それなら……!」
「ただし、彼が本当に帝国に害をなす存在ではないか、直接その目で確認したうえで赦免すると仰せです」
「その言葉の意味は……」
プリシラが嫌そうに顔を歪めると、ライディスは懐から帝国の印章が押された高級感のある手紙を差し出した。
「皇帝陛下の勅書です。そのほかにも、陛下からの伝言を預かってまいりました」
小さく咳払いをしたライディスは、声を一段低くして言葉を継いだ。
「プリシラ・ライデン。『あの日』与えられなかった褒賞を、ようやくそなたに授ける日が来た。領地の言い訳はもう通じぬゆえ、必ずや宴に出席するように」
「宴?」首を傾げたプリシラは、ライディスから受け取った勅書を乱暴に開け、中身に目を通した。
終戦三周年を記念する皇城晩餐会が近々開かれるので、遅れずに必ず出席せよという内容だった。
「あぁ、なんてこと……」
そういえば、もう終戦から三年になるのか。終戦以来、毎年開かれる皇城の晩餐会は、連合国家間の交流も兼ねた最高の社交場であり、各国の主要人物はもちろん、戦争の英雄たちも欠かさず出席する、ひどく面倒で煩わしい席だった。
毎年招待状は届いていたが、プリシラとアイザックは名目のもとに一度も出席したことがなかった。
今はもう軍人でも貴族でもなく、ハウェル王国の民ですらないのだから、招待状を受け取ることもないだろうと思っていたのに。
(よりによって祝勝式と重なるなんて。厄介なことになったわ)
リュエンを見世物にして、プリシラに恩を着せようという皇帝の魂胆が透けて見えた。プリシラは不満を隠せず、顔を歪めて言った。
「私、皇帝陛下が本当に嫌いです」
「気が合いますね。同感です」
「あら? ライディス公は陛下の側近でいらしたのでは?」
「……いろいろありましたから」
一体何があったのだろうか。気になるが、今は聞く時ではない。
「それはそうと……ライディス公は祝勝晩餐会があることをご存じだったはずでしょう。なぜよりによって、こんな時に皇城へ行かれたのですか」
「プリシラ殿が先に頼まれたのではないですか。私とて、できることなら行きたくありませんでした」
「……絶対に行かなければなりませんか?」
「もっともらしい言い訳があるのなら、ぜひ私にも教えていただけますか?」
リュエンの話を持ち出した以上、そして皇帝が彼に言及した以上、何があっても晩餐会へ行かなければならないことは二人ともよく分かっていた。
それでも現実逃避したくなったプリシラは、リュエンを見上げて尋ねた。
「リュエン。何かいい手はないかしら?」
「褒賞など受け取らなければいい。言っただろう、私はそなたの奴隷のままでも構わないと」
「……行くしかないのね」
今さら「奴隷でいい」と言ったところで、皇帝が「なら来なくていい」などと言うはずがない。
避けられないなら楽しめというが、今回ばかりは楽しむのは難しそうだ。
晩餐会まで残された時間は一週間。今から準備しても時間はぎりぎりだ。すでに憂鬱でたまらない。
プリシラとライディスは、長く深い溜息を漏らしながら、揃って苦虫を噛み潰したような顔をした。
***
「シラと『白い悪夢』が皇城の晩餐会へ?」
魔の森の付近、高い木のてっぺんに登り、枝を椅子代わりにして座っていたミラベル・ベルクは、舞い込んできた朗報に口角を吊り上げた。
「まあ、私としたことが。こんなことを忘れていたなんて」
リュエンの魔法のせいで、プリシラに直接干渉できないミラベルだったが、今日のように他人、それも彼女のよく知る人物が家に入ったとなれば話は別だ。
ライディスを通じて会話を盗み聞いていたミラベルの顔に、深い笑みが浮かんだ。
「魔獣を使った作戦が失敗して合わせる顔がなかったけれど、エルフリーデにようやく面目が立つわ」
混血の魔獣を利用してプリシラとリュエンを引き離そうとした計画はあっけなく無に帰したが、その結果としてこの知らせが手に入ったのなら、大成功と言える。
上機嫌に微笑んだミラベルは、木からひらりと飛び降りた。彼女の青いドレスが、風に吹かれて翼のように翻った。
「よかったわね、アイザック。ついにシラに会えるわよ」
「……シ、ラ……?」
「プリシラ・ペイン。あなたの奥さんのことよ。ふふ、あの子がまだあなたに心を残しているかは分からないけれど」
ミラベルの微笑みに、彼女の前に立つ人影がびくりと震えた。アイザックと呼ばれた「何か」が、ゆっくりと顔を上げた。
「プリシラ……私の、妻……」
「本当にもう。ただでさえボロボロなんだから、しっかりして! 白い悪夢。あんな虐殺者にプリシラを奪われてもいいの?!」
ミラベルの言葉を聞いたアイザックの瞳が、真っ青に輝いた。妻を奪われる? そんなこと、あってはならない。プリシラのことを考えると、白く霧がかかっていた思考が少しずつ動き始めた。
そうだ、プリシラは私の妻だ。
彼女は私のものだ。
永遠に私の傍にいなければならない。
愛していると言っただろう。
嬉しい時も悲しい時も、喧嘩をした日でさえ笑って明日を共にしようと約束したじゃないか。
プリシラ。
今、君を迎えに行くよ。




