#10.
リュエンの膝の上で食事を終えると、彼に抱かれていることにもある程度慣れてきた気分だった。やはり、諦めれば楽になり、羞恥心を捨てれば馴染むものなのだろうか。
そろそろ、この状況を楽しむ余裕さえ出てきた。ちょうど二つ目の埋め合わせの願いが出されたのだが、その内容は「彼が満足するまで街を巡り、彼が欲しがる物をすべて買い上げる」というものだった。
分かったと頷いたプリシラは、ふと思い出したように一言付け加えた。
「外に出るなら、ライディス公のところにも寄りましょう。仕事の進み具合を聞いておきたいわ」
「私は構わないが……プリシラ、本当にこのままライディス公に会うつもりか?」
「ええ。どうして? 今日じゃなくて別の日にする?」
「いや、そなたが良いなら私も良い。すぐに出発するか?」
「ええ。どこから行くの?」
「そうだな。まずは……服、かな」
プリシラが着ている無難で地味な服を眺めながら、リュエンは口角を上げて答えた。
そうして向かった街。富裕層が主に利用する高級衣装店に足を踏み入れたリュエンは、自身の髪色とよく似た白金色のワンピースをプリシラに差し出した。
「リュエン、これはどうして?」
「衣装店で服を差し出す理由なんて、一つしかないだろう?」
「……。」
プリシラは歩きにくいからとワンピースを拒んだが、「今日はそなたの足で歩くことはないから大丈夫だ」というリュエンの言葉に反論できず、結局着替えることになった。
見た目に反して、彼が差し出したワンピースは裾がそれほど長くなく、歩くのに不便はなかった。最近、富裕層の間でこうしたデザインが流行っているとは聞いていたが、実際に袖を通すのは初めてだった。
脚が露わになるのが少し気にはなったが、その分涼しくて、これも悪くないと思えた。
デザインもまた、驚くほどプリシラに似合っていた。リュエンは衣装店の一角に用意された髪飾りの中から、彼女に似合う長い紅色のリボンを選び、手際よく髪を編み込んで飾ってくれた。
普段は着飾ることのないプリシラだからだろうか。簡単な装飾を施しただけだというのに、息を呑むほどに美しい。彼女が自分の物であることを皆に見せつけることを考えると、自然と口角が上がってしまう。
眩いものを見るような目でプリシラを見つめていたリュエンは、慎重に彼女を抱き上げ、再び通りへと繰り出した。
そうしてショッピングという名目の「プリシラを着飾らせる時間」を続けてしばらく。自分に向けられる視線に完全に適応したプリシラは、ふと思い出したような顔で彼に尋ねた。
「そういえばリュエン、最後の埋め合わせは何?」
「一つは、後のために残しておくつもりだ」
「えっ? そんなのあり? 期間限定なんだから、今すぐ言いなさいよ」
「契約の際、そんな条件はなかったはずだが?」
「卑怯だ」
「はは、卑怯だと思ったら、最初から言い方に気をつけるべきだったな」
もう、本当に。やはりあまりに無防備に契約してしまったようだ。不満げな顔で唇を尖らせていたプリシラは、彼のおでこに軽くデコピンを見舞った。
「痛いぞ」
「痛いようにやったのよ。このデコピンで、期間延長を認めてあげる」
「それなら安いものだな」
他愛もない会話を交わしていた二人は、互いを見つめ合って吹き出した。高い視点から見下ろしていると、リュエンの微笑みを見た人々が息を呑む様子が実によく見えた。
確かに、これほどの美男子なら、否応なしに息を呑んでしまうだろう。
(少し……いえ、かなり面倒な美男子なのが難点だけど)
自分の色に染め、抱き上げたまま街中を隅々まで連れ回すなんて。冷静に考えれば、とんでもない独占欲だ。
(まあ、少し面倒ではあるけれど、難しいことではないから)
しかし、そろそろリュエンの腕が心配だ。いくら魔法で補強しているとはいえ、大人の女性を一日中、それも片手で抱えて歩き回るのは、色々と危険かもしれない。
このくらいでリュエンも満足しただろう。早くライディスに会って、家へ帰ろう。そう決心したプリシラがライディスの邸宅へ向かおうとした時だった。
通りの真ん中、それほど遠くない場所に、見覚えのある後ろ姿が見えた。
「あら? ライディス公!」
「……。」
ちょうど訪ねようと思っていたところだ、都合がいい! プリシラが嬉しそうな顔で手を振ると、立ち止まっていたライディスがゆっくりと振り返った。
ひどく強張った顔で立っていたライディスに近づくと、彼はプリシラの家で話をしようと提案した。
人の多い場所でする話でもなかったため、ライディスと共に家に戻ることにした。
リュエンはもう帰るのが気に入らないのか眉をひそめたが、伝えるべきことが多いというライディスの返答に、仕方なく頷いた。
***
ライディスと共に家に戻ったプリシラは、彼の話を聞く前に、魔獣についての情報を先に伝えた。
ケルピーが人間を攻撃するつもりはないこと。姉に会うために現れただけだということ。
彼の姉は何らかの理由で、人間の手の内にあるほうが安全だということ。
「あのドッペルゲンガー……いえ、魔獣と言うべきでしょうか。実は、私も彼女については奇妙だと思っていました。彼女は対話が可能で知能も高く、人間を警戒こそすれ、暴力的な姿は見せませんでしたから」
脅威ではないものの、森へ帰る意思も見せないため、ひとまず隔離収容所に閉じ込めてはいたが、知能の高い存在を無下にもできず、どうすべきか悩んでいたという。
「それにしても、洗脳とは。魔獣となれば少なくともSランク以上の存在ではありませんか。一体誰が彼らを洗脳し、なぜ人間の手にいるのが安全なのですか?」
「さあ……そこまでは聞きませんでした。ただ……気のせいかもしれませんが、魔の森の毒気が以前より濃くなっている気がしたんです」
「毒気が……ですか?」
「ええ。それに最近、魔物にもあまり遭遇しなかった気がして。もしかして、リュエン、あなたが何かしたの?」
プリシラの問いに、リュエンは何事か考えるように表情を硬くしたが、やがて何でもないという声で答えた。
「いや、何もしていない。魔物が少ないのは……塔の襲撃を受けて、身を潜めているのではないか」
「襲撃の余波がまだ残っているの?」
「魔物は人間より勘が鋭いからな。不可能なことではない」
「ふーん……」




