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#06.

いつも読んでくださりありがとうございます。感想も毎日欠かさず拝見しています!応援してくれる皆様、本当にありがとうございます。おかげさまで、毎日楽しく執筆できています!



「おかしいわね。私の理解力が足りないのか?」


プリシラがこれまでの人生で魔獣に遭遇したのは、これが二度目だ。前も白い馬で、今も白い馬なのだから、以前会った馬が彼の言う「姉上」だと推測することはできる。けれど、前も今も、プリシラは魔獣に出会っただけで、連れ去った覚えなんて一度もない。


まさか自分でも知らない人格が存在して魔獣を誘拐したのか? とも考えたが、当然ありえない話だ。そもそもプリシラの戦闘能力はさほど高くない。魔獣を相手にそんな芸当ができるはずがないのだ。


だとしたら、この魔獣が何かを誤解しているに違いない。さっきの会話では釈明できなかったから、もっとはっきり説明したほうが良さそうだ。


「何か勘違いしているみたいだけど……残念ながら、私はあなたの姉上を連れ去ったりしていないわ。魔獣を見たのはこれで二度目だけど、近づいたことさえ一度もないもの」

「勘違いをしているのはお前のほうだ。お前は約十日前、この森から私の姉上を連れて行った」

「だから誤解だって……ちょっと待って」


十日前?


確かに十日前、プリシラはリュエンと共に魔の森を訪れ、ある者を連れて街へ戻った。プリシラを模倣した、珍しい魔物。


そう、あの日もプリシラは魔物の気配を感じ取れなかった。けれど、リュエンを連れ去った魔物がプリシラの姿をしていたから、当然のように「ドッペルゲンガー」という魔物だろうと思い込んでいた。


もし、あのドッペルゲンガーが魔物ではなく魔獣だとしたら? ドッペルゲンガーも魔獣も、めったに姿を見せない幻想種ゆえに情報は多くない。もし本当に行きにプリシラが連れ帰ったのが、この青年の姉だという魔獣だったなら。


「念のために聞くけれど、あなたの姉上はあなたと同じ姿をしているの?」

「我々に『同じ』姿など存在しない」

「魔獣はみんな姿を変えられるの? 実はドッペルゲンガーも魔獣の一種なの?」

「それは違う。我々が姿を変えられるのは、我々の血の中にドッペルゲンガーの血が流れているからだ」

「へぇ……」


魔獣とは魔物の変異種なのだから、互いの血が混ざるのはおかしなことではない。そうではあるけれど……。


(ドッペルゲンガーと、獣の形の魔獣が? そんなことが可能なの? そもそも魔物が生まれる原理って何だったか?)


だめだ。容量オーバーだ。深く考えたところで大きな意味はないため、プリシラは頭の中を混乱させる雑念をすべて消し去った。無意味な会話で時間を浪費してはいけない。


(重要なのは二つ)


一つは、魔獣に姉を返してやること。プリシラが連れてきたドッペルゲンガーが人間に害を為すつもりのない存在なら、今の状況では解放してやるほうが得策だ。

もう一つは、リュエンに自分の無事を知らせること。不安がっているであろう彼を早く安心させてあげて……。


考えを巡らせていたプリシラは、ふと周囲が暑くなっていることに気づき、眉をひそめた。反射的に空を見上げると、いつの間にか降っていた雨が止んでいた。


いや、違う。雨は降っている。けれど、森の付近だけ、眩い何かのせいで雨が蒸発してしまっていた。聖域の結界とは違う。もっと広大な何かが、雨を蒸発させているのだ。


頬を伝って冷や汗が流れた。プリシラは今朝、これと似たようなものを見たことがある。


「っ……!」


降り注ぐ熱気によって、水を纏っていた聖域が急速に蒸発し始めた。これほど物理的に聖域を消し去ることができるのかと驚きつつも、彼の持つ魔力なら不可能ではないだろうとも思った。


プリシラの顔色が変わると、魔獣もまた異変に気づき、しまったという表情を浮かべた。彼は池の水で聖域を補強しようとしたが、すでに池の水は干からびていた。


目に見える速さで蒸発していく聖域の膜の向こう側に、見慣れた白金色の髪が見えた。まずいことになった。


「時間をかけすぎたようだな。こっちへ来い」


魔獣が焦った表情でプリシラに歩み寄った。その姿にプリシラは手を挙げて魔獣を制止し、早口で言葉を継いだ。


「あなたと一緒に行くつもりはないわ。それよりあなた、五体満足で姉上に会いたいのなら、今から一歩も動かずにじっとしていて」


プリシラは魔獣の答えを待たずにリュエンのもとへと駆け出した。プリシラがリュエンの差し出した手に届く距離まで辿り着くと同時に、聖域は枯れ果て、毒気が周囲に立ち込めた。


「プリシラ!」

「リュエン、ごめんなさい。心配したわよ……」


プリシラが言い終える前に、手を伸ばしたリュエンがプリシラを激しく抱きしめた。ただでさえ体温の低い彼の体は、氷のように冷たかった。微かに震える体が、プリシラと離れていた時の恐怖を物語っているようだった。


不安のあまり力加減ができないのか、息が詰まるほど苦しかったが、プリシラは抱擁を解かずにリュエンの背中に手を回し、優しく宥めるように叩いた。


「怪我は……」

「大丈夫よ、どこも怪我してないわ。あなたは?」

「そなたが消えて、狂うかと思った」

「ごめんなさい。もう大丈夫だから」

「二度と私のそばを離れないでくれ。そなたが消えた瞬間、恐ろしくて息ができなかった」


(私が望んで離れたわけじゃないのだけれど……)


頭の片隅で冷静な思考がよぎったが、不安に震えるリュエンに返す言葉は、そんなものではないだろう。


「本当にごめんなさい。もう離れないよ」

「約束してくれ」

「約束する。その代わり、あなたも私を離しちゃだめよ。今回は不可抗力だったんだから。わかった?」

「……二度とこのようなことが起きないようにする。誓おう」


答えが少し不穏だ。けれど、リュエンを落ち着かせるためなら十分に受け入れられる。プリシラは頷いて答えた。


「ええ。探しに来てくれてありがとう」


プリシラの言葉に多少の落ち着きを取り戻したのか、リュエンは抱きしめていた力を少し緩め、片手でプリシラの頬を愛おしそうに撫でた。その手に寄り添ったプリシラが心配ないよと微笑むと、彼の顔にも安心したような薄い笑みが浮かんだ。けれど、その微笑みは長くは続かなかった。リュエンの紅色の瞳が、すぐにプリシラの背後へと向けられた。


「そなたを連れ去った獣は、あれか?」

「リュエン、ひとまず落ち着いて」

「そなたを私から盗んだ存在だ。問答無用で死刑だ」


リュエンの瞳に殺気が宿った。プリシラですら背筋を凍らせるほど、濃密な殺気だった。彼の怒りに反応するように、周囲はさらに明るく燃え上がった。これは本当にまずい。とてつもなく怒っている。


プリシラは両手を伸ばし、リュエンの顔を自分の方へと向けさせた。魔獣に向けられていた彼の視線がプリシラに向くと、燃え盛っていた殺気が消えた。プリシラは彼と目を合わせて言った。


「リュエン。落ち着いて、私の話を聞いて。ね?」

「プリシラ。しかし……」

「リュエン」

「……ひどいとは思わないか?」

「無理な相談なのはわかってる。後で埋め合わせするから。だから今は私の言うことを聞いて」


彼の瞳に納得がいかないという色が浮かんだのも束の間、やがて諦めたように目を閉じたリュエンは、再びプリシラをぎゅっと抱きしめて答えた。


「一度で済むとは思わないことだ」

「大変ね。二度でいいかな?」

「三度だ」

「リュエンは欲張りさんね」

「そなたが悪いのだ」


まあ、今回ばかりは無理やり怒りを鎮めさせたのだから、プリシラが折れてあげるのが正解だろう。

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